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善行貯金箱  作者: 案内なび
募金活動・期末試験編
34/42

34話 感情的選択

今回はややグロテスクな描写がございます。

苦手な方はお控えいただきますようお願い申し上げます。

 それからというもの、期末試験は二日目、三日目、四日目と過ぎていき、あっという間に最終日を迎えた。


 現在は一時間目のホームルームが終わり、試験開始である二時間目の前、十五分間の休憩時間中である。

 生徒のヤツらは廊下のロッカーの上に各々の鞄やリュックサックを置き、大半のヤツらはその付近で勉強をしている。不正防止のためだ。


 そしてそれは俺も例外ではなく、俺は同じクラスの難波(なんば)と共に最終確認をしていた――。






「すいへーりーべーぼくのふね、ななまがりシップスクラークか……。どうだ、完璧だろ?」


「うんうん、完璧だよ」


 ロッカーを背もたれにして教科書片手に自慢する俺に対し、難波は俺の正面で腕組みをしながら柔和な笑みを浮かべる。


「因みに、どれがどの元素かとかも分かるよね?」


「そりゃ勿論、お陰様でな。始まったらとりあえずその表を書いておくってのも忘れてないぜ」


「おぉ、ちゃんと覚えてるんだね。安心安心」


 これで次の化学基礎のテストもばっちり!……とまでは言えないものの、何とか食らいつける段階にはいる。

 

 流石は上位争いに食い込む男、難波。コイツが伝授してくれた諸々のコツや攻略法は、ここまでかなり役に立っている。本当にどうしてこれで浦上に勝てないのか、不思議なくらいだ。


 すると、噂をすれば何とやら。


「御堂君……!」


 左の方から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 聞き慣れたいつもの声に、俺は振り向きながら応える。


「あぁ浦上か。どうした?」


「いえ、大したことではないのですが……」


 両手を後ろに組みながら一瞬だけ目を逸らす浦上。

 だが、すぐにまた俺の目を見つめ直すと、ほうっと一息吐いて。


「その……最後の試験も、頑張ってくださいねっ……!」


 溢れんばかりの眩しい笑顔を浮かべた。


「……っ」


 ふいに胸がドクンと脈打つ。

 同時に、先程までの暗記記憶が一瞬どこかに飛んでいったような気がした。


「……あ、あぁ、さんきゅーな」


 俺は平静を装いながら答える。

 もう何度か見たことあるというのに、やはりこの笑顔には慣れない。

 もしかしたら俺って意外と単純なのだろうか?

 ……いや、試験前に余計なことを考えるのは止めておこう。


「……あっ、ふーん」


「何ニヤついてんだお前」


「ん? いや、別になんでもないよ。僕からも頑張ってね」


 そう言ってわざとらしく微笑む――いや、それでもニヤつきを抑えきれていない難波。

 対照的に浦上は、きょとんとした顔で俺と難波を交互に見つめている。


 マジで難波(コイツ)……いや、ダメだダメだ。試験前なんだから変に心を乱すな、俺。

 俺は心を落ち着かせようと、ほうっと深く息を吐いた。――その時のことだった。

 

「――おい、待てって!」

「御堂!」


 隣のクラスから叫び声が聞こえたかと思えば、突然一人の生徒がその教室から俺の元へと駆けてきた。

 急な出来事に辺りは一瞬沈黙に染まり、難波や浦上をはじめ、付近にいた多くの生徒が不思議そうな目を送る。


 かたや注目の的となった生徒は、切羽詰まったような表情で俺を見遣ると、一度キョロキョロと辺りを見渡すや、


「ちょっと着いてきてくれないか!?」

「はっ!?……ちょっ! お前!」


 俺の左腕を掴み、そのまま何処かへと走り出した。

 

「おいお前! あと10分で――!」

「緊急事態なんだっ!! なるべく、人目がつかない所に、行かせてくれっ!!」


 こちらへ振り向くことなく捲し立てるソイツ。

 よほど焦っているのか、言葉の節々で息が切れかかっていた。


「……チッ、分かったよ!」


 きっとコイツは今、冷静に話をすることはできない。

 そう感じた俺は、色々と言いたくなった言葉を飲み込み、ソイツに着いて行くことにした――。



★―★―★



「……ここでいいかな」


 辺りを見渡して呼吸を整え始めるソイツ。

 階段を駆け降り、校舎の外に出てまでやってきた先は、裏庭にある木造の小屋の側――いつぞやに山県(やまがた)先生と談笑をした場所だ。


「で、緊急事態ってなんだ。時間がないから手短に頼むぞ――王子(おうじ)


 俺は小屋の壁に手を突いて息を整えているソイツ――王子瑠唯(るい)に、苛立ちを滲ませて言った。俺の右手では、先程まで勉強していた化学基礎の教科書が握られたままになっている。


 それにしても王子とは同じ生徒会執行部だったとはいえ、これまでほとんど接点はなかった。だというのに、こんな時になってなんの用だろうか? それも緊急事態と言って。


「……とりあえずこれを見てほしい」


 すると王子がポケットから取り出したのは、一台のスマートフォン。ウチの校内では携帯電話やスマホの使用は禁止のはずだが、それをもろともせず王子はスマホを操作し始める。

 やがて操作が終わると、彼は連絡アプリの画面を俺に見せつけた。


 だが、その画面を見た瞬間、俺は言葉を失ってしまう。

 何故なら、そこに映し出されていたのは――。


「……ねえ、さん?」


 姉さんがいつも使っているクリーム色のトートバッグだった。しかし、そこに付着していたのは(おびただ)しいほどの赤。"交通安全"と書かれた紫色のお守りは無情にも紐がちぎれ、バッグと同じ色に染まって傍に放り出されていた。


 そして画面の端に映るのは、信じたくもないような光景。

 鮮やかだった茶髪が、鮮血に染まっていたのだ。


「なに、が……」


 言葉が続かない。

 まだ姉さんと決まったワケじゃない。

 それでも……分かっていても、身体が震えてくる。

 そんな俺を王子は一瞥すると、言葉を続ける。


「……これ、ついさっき俺の兄さんから送られてきたんだ……。兄さん、職場に車で向かう途中で事故を起こしたみたいで。それでパニックになってどうしたらいいか分からず、とりあえず写真を撮って俺に相談してきたみたいなんだよね……」


 王子は声を震わせて呟く。

 確かに画面をよく見ると、その左上に表示された相手の名前には"兄さん"と書かれていた。


 ――コイツが姉さんを轢いた……?

 その言葉が脳裏を過ぎると、確証もないのに、混乱の中から怒りが沸々と湧き上がってくる。左手の握り拳が震えてくる。


「それでね、確認したいんだけど」


 王子は言葉を続けようとする。

 やめろ。


「この人って」


 やめろ。


「多分だけど」


 やめてくれ。


「御堂のお姉さん、なんだよね……」


「……っ!」


 その刹那、俺は思わず右手の教科書を振り上げた。

 一方の王子は肩をビクリと震わせ、ぎゅっと目を瞑る。


「……なんでそう言い切れる」


 教科書を振り上げたまま、俺は静かに尋ねる。

 自分でも驚くほどに冷ややかな声だった。

 そんな俺に恐怖心を抱いていたのだろう、王子は俯いたまま消えそうな声で呟く。


「……学生証」


「あ?」


「学生証は写せなかったみたいなんだよ。個人情報だからって……!」


 ――何言ってんだコイツは?

 事故直後の写真は撮っておいて、学生証は写せない?

 パニック状態とはいえ、行動が意味不明だ。

 変なところで冷静さを保っている。

 きもい、気持ち悪い。

 そんなヤツに姉さんは――。


「っざけんじゃねぇぞっ!!」


 俺は声を荒げて教科書を振り下ろす。

 次の瞬間、バチンという音が周囲に響き渡る。

 だが、それは王子に直撃した音ではない。教科書が激しく地面に叩きつけられた音だ。

 そして衝撃の所為か、教科書の一部は折れ曲がってしまった。


 けれど、そんなことはどうだっていい。

 焼けるような喉の痛みも、左掌に食い込む爪の痛みも、何ひとつ気にならない。――気に留めることもできないのだ。


 衝動のままに八つ当たりしてもなお怒りは収まらず、俺は息遣いを荒くして王子を睨みつけた。

 すると、王子は震えた声でゆっくりと口を開いた。


「……だからどうか今は、病院に向かってあげてほしい。誰かがちゃんと通報してくれていたら、多分近くの医大付(いだいふ)病院に搬送されると思うから……」


 最後に「俺の馬鹿兄貴が本当ごめん」と付け加えると、王子は顔を上げることなく嗚咽を漏らし始めた。


 コイツが悪くないことは分かっている。

 コイツ自身が心苦しい思いをしているのも分かっている。


 けれど、それでも怒りは収まらない。

 いくらコイツが謝罪したところで、加害者本人(クソやろう)の口から謝罪の言葉を貰わないと赦すことはできないのだ。


「……チッ、クソがっ!!」


 俺は乱暴に教科書を拾い上げ、全力で校舎まで走る。

 校舎に入ればすぐに階段を駆け上がり、三階の廊下を走った。

 途中、テスト用紙を持って教室へ向かう教師に「校内は走るなぁっ!」と叫ばれたが、俺は無視を決めこんだ。


 三階へ続く階段を上りきり、右へ曲がる。

 教室前の廊下にはもう、ほとんど生徒は残っていなかったが、一人だけ生徒が残っていた。


「どこ行ってたんだ大和! あと一分で始まるぞ!」


 ――難波。

 その姿を確認した瞬間、申し訳ない気持ちが胸いっぱいに込み上げてくる。

 だが、俺は歯噛みをした(のち)――。


「わりぃ! 今日はもう帰る!」

「はっ!? なん……あっ、おいっ!!」


 流れるようにロッカー上の鞄を取り上げ、そのままU(ユー)ターン。駆け上がってきた階段を再び駆け降りた。


「姉さん、どうか無事で……!」


 思いが言葉となって呟かれる。

 その直後にはテスト開始を告げるチャイムが鳴り始め、校門を出た時には蝉の初鳴きが聞こえてきた。

 しかし、何が耳に入ろうとも、気にすることができない。

 当然、テストのことなどほとんど頭になかった。


 ()してや、御厨(みくりや)のあの言葉さえも――。




お読みいただきありがとうございました。

次回以降、これまでの真相が少しずつ明らかになっていきます。お楽しみに。


なお、以前告知していたように、次回からは不定期更新になります。ご了承ください。

それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)

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