33話 期末試験開始
「――それでは試験開始」
7月6日月曜日。遂に運命の時が始まった。
これからの五日間で俺の部活動の行方が決まる――。
そう思うと、緊張で手元が震えそうになってしまう。
けれど、緊張の所為で問題が頭に入らなかったら意味がない。アイツらとの時間が……ここまでの努力が、全て水泡に帰してしまうのだ。
「……ふぅ」
俺は深呼吸を一つして、問題に目を通す。
最初の教科は日本史B――苦手な教科の一つだ。
その第一問は穴埋め問題。文章中に入る単語を語群の中から選び、記号で答えるタイプの問題である。
この手のタイプの問題は空欄の前後から単語を先に推測して、答え合わせをするかのように記号を選べば良いので、最初の肩慣らしには丁度いい。――と、最近思えるようになった。
俺は順調に問題を解いていく。
やがて解き進めていると、とある問題が出てきた。
『問4 下線部③(摂関政治の全盛期を迎えた)について、自分の娘を天皇の妃として嫁がせ、自らは天皇の外祖父として権力を握ることで自身の政治基盤を確立させた、この人物は誰か。フルネームで答えよ。』
――おっ、これは。
見たことある問題に、俺は内心でほくそ笑む。
こうやって印象に残っている問題が出てくると、こんなに嬉しいものなのかと、自分でも驚いてしまった。
俺は気持ちゆっくり丁寧に『藤原道長』と記す。
そしてまた次の問題へと移る。
そんな調子で、俺は問題を解き進めていった――。
★―★―★
「で、テストの出来はどうだったんだい?」
テスト終わりの正午過ぎ。
俺が教卓に課題を提出して席に戻ると、隣の席の難波が尋ねてきた。
難波はもう既に教卓へ課題を提出したのだろうか、机の上にナップサックを置いたまま、悠然と椅子に座っている。今日の分のテストが終わり、一安心しているのだろう。
「あぁ。……ギリギリだろうが、まぁ手応えはあった」
「おぉ、それは何より。全教科85点以上は普通に大変だからね。肩に力が入りすぎてないかちょっと気にしてはいたけど、それを聞けて安心したよ」
「……そうか」
気にかけてくれていたとは、嬉しいことを言ってくれる。
こういう誰かを気にかけて優しくできるところが、難波の良いところだよなと思う。ナンパの所為でぶち壊しになっている気がしなくもないが。
するとその時、俺はふとある物を思い出す。
「あー……ってか、もしかしてこれのお陰か?」
そう言って鞄の小さい収納スペースから取り出したのは、例の紫色のお守りである。
「おぉ、これ明星天満宮の。……というか大和って、そういうスピリチュアルなの信じてるんだ」
「いや、別にそういうワケじゃねぇ。単にこの前姉さんが俺の為にって買ってきてくれたんだよ。そんでまぁ、何かしらの運があればラッキー程度の気持ちで入れてただけ。信じる信じないは別に関係ねぇよ」
正直、神や仏なんぞ信じてもないし興味もないが、善行貯金箱が俺の手元に存在している以上、彼らが実在していてもおかしくはないんじゃないかと最近は薄々思っている。信じるつもりは全くないが。
「なんだ、そうなんだね。にしても素敵なお姉さんだよね。弟の定期試験のためにそこまでしてくれるって」
「それは俺も同感だ」
「いやぁ本当に素敵なお姉さんだと思うよ、うん。将来はきっといい奥さんになるんだろうなぁ」
「あ? 何ニヤついてんだ、気持ちわりぃ」
「いやぁ、やっぱり大和と義兄弟になるのも悪くは――」
「あ"?」
「ひっ……な、なんでもないよ。ははっ……」
蛇に睨まれた蛙のように怖気付く難波。
本当に懲りないなコイツ。募金活動の時のツケを今ここでやってもいいんだぞ?
「……ったく。あぁ、てかお前はどうなんだ? 今回は浦上に勝てそうか?」
俺は話題を変えようと難波に質問を振った。
「え? あー……ははっ、そうだね。今日のところは大丈夫そうかな。まぁけどそれは向こうも同じだろうし、油断はできないけどね」
俺の問いに、難波は苦笑いを浮かべて答える。
そう、実は難波のヤツ、密かに浦上をライバル視しているのだ。
というのも、この二人はしょっちゅう学年でトップ争いを続けているのだが、学年一位を取るのはいつも浦上の方で、難波は二位か三位ばかりなのだ。
だからこそ難波は浦上のことをライバル視しているらしいのだが、浦上に直接戦いを申し込むのは「気を使わせてしまうからと」言ってしようせず、密かに"打倒浦上"を掲げているだけらしい。
優しいのか臆病なのか曖昧なヤツである。
「んじゃそろそろ帰る――」
「あっ、そういえばなんだけど」
俺が帰宅しようと席を立ち上がりかけた時、難波が何かを思い出したかのように俺の言葉を遮った。
「あ? なんだ?」
「前に御厨君が言ってた意味、結局なんだったんだろうね?」
「あぁ、言われてみれば……」
前に御厨が言っていた言葉――それは『何があっても試験は受けてくださいね』というもの。
特に何かがあるワケでもなく、こうして今日は試験を受けることができたのだが……。
「まぁ多分だが、俺が生徒会執行部を退部しないようにと思って言ってくれたんだろ。アイツなりに葉っぱを掛けてくれただけだ。そこまで気にする必要はねぇと思うぞ」
そうは言うものの、依然と違和感は拭えないまま。
ただ、分からないことをいくら気にしていても仕方ないので、今は文字通り『何があっても試験を受ける』しかないのである。
やがて俺の言葉に納得したのか、難波も。
「……そっか。まぁふと気になった程度だし、大和がそう言うなら気にしないでおくよ」
と、軽く笑みを浮かべた。
そうしてその日は帰路につくのだった。
★―★―★
『これでいいのか?』
『うん、バッチリだよ。ありがとう!』
チャットアプリ上に一枚の写真と二人のやり取りが交わされた。
写真に映し出されていたのは、茶髪でポニーテールをした若い女性の姿。クリーム色のトートバッグを左肩に掛け、右手にはエコバッグをぶら下げている。
『御厨から聞いた姿とそこそこ一致しているとはいえ、この人がそうじゃなかったらどうすんだ? 普通にヤバいぞ』
俺は懸念していることを瑠唯に尋ねる。
というのも遡ること数時間前――時刻は午後四時頃。俺は明星駅の南口にて待機をしていた。
目的はその女性――御堂の姉を撮るため。前に御厨が見かけたそこなら現れるかもしれないと、瑠唯から任されたのだ。
本来なら偵察役の御厨が担う仕事だったのだが、何故か今回は俺が任された。理由は分からないが、もしかしたら瑠唯は御厨のことを疑っているのかもしれない。
そんな中で任されたこの役割。正直また御堂の姉が現れる確証などなく、半信半疑であった。
加えて、やろうとしている行為は盗撮として犯罪に当たる以上、俺はなるべく他の人にバレないように立ち回る必要があった。
だからこそ俺は、御堂の姉が現れるまで誰かと待ち合わせをしているかのように装った。
そうして二時間くらい経過した頃、ようやく彼女が駅から出てきた時は、自撮りをしている体で彼女の姿をスマホに収めた。
自撮りをするフリは恥ずかしかったし、チャンスを逃さないようにする緊張感と盗撮という背徳感も相まって、心臓がヒリヒリと傷んだ。だが、他ならぬ瑠唯のためと思えば耐えることはできた。
そんな苦労を乗り越えて撮ったこの写真だからこそ、人違いだった時が非常にマズイのだが、瑠唯の返事はというと――。
『そこは大丈夫だよ。僕が利用したいのはこの人本人じゃないからね』
『そうか、ならいいんだけど』
『ごめんね、テスト期間中に頼んじゃって』
『あー、まぁ気にすんな。いっつもそんなに勉強してないし、今回も普段通りだから(笑)』
『本当にありがとう。後の準備は俺の方でなんとか揃えるから、準備が完了した時はまたよろしく頼んでもいいかな?』
『おう! 勿論だぜ!』
『ありがとう! じゃあおやすみ、勝烏』
『おやすみ』
そうして俺はチャットアプリを落とした。
これで俺の役目はあと一つ。といっても大したことをするワケではないが、作戦実行には不可欠なのだという。それは俺も承知だ。
後の問題は瑠唯の行動が上手くいくかどうかだけ。
それさえ上手くいけば、瑠唯の悲願は達成されるのだ。
運命の日まで7月10日まで残り四日。
だが、その日はあっという間に訪れるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回、遂に運命の7月10日を迎えます。お楽しみに。
それとは別に、今回は一つお知らせがあります。
次週の定期更新日(10/27 日)を持ちまして、しばらくの間こちらのシリーズの定期更新をお休みさせていただきます。詳細についてはマイページの活動報告欄か、X(旧Twitter)でのお知らせをご覧いただけると幸いです。お手数ですが、何卒よろしくお願いいたします。
それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)




