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善行貯金箱  作者: 案内なび
募金活動・期末試験編
32/42

32話 込められた思い

 光陰矢の如し。時は瞬く間に期末試験直前まで流れた。

 今日は期末試験前の最後の平日――7月3日金曜日である。

 そんな最後の放課後でも、俺たちは図書室に集まって勉強をしていた。


 シャーペンをノートに走らせる音と、教科書やワークを(めく)る音だけが室内に響く。


 こうしてコイツらと勉強会を始めて、はや一ヶ月。最初は基礎中の基礎のような問題すら解けていなかったが、今となっては基礎問題はだいたい解けるようになった。


 発展・応用問題についてはまだまだ不安な点だらけではあるが……、それでも一ヶ月前に比べたら、格段に理解できるようになった。


 もちろん藤原(ふじわらの)信長(のぶなが)なんて馬鹿みたいな解答はもうしない。


 ここまで成長できたのも、優しく教えてくれた浦上(うらかみ)、分かりやすく教えてくれた難波(なんば)、そして一緒に奮闘してくれた小牧(こまき)のお陰だろう。

 

 本当にコイツらには頭が上がらない。ずっと世話になりっぱなしだったし、いつかはお礼をしなければいけないな。


「……よしっ。そろそろ時間だし、今日は解散しようか」


 静寂が室内を包む中、それを解くように難波が言った。

 その言葉につられて顔を上げてみると、難波の後ろにある窓はまだ青々としていた。

 

 しかし、西陽が差し込み始めているため、既に時は夕方であることは明白。実際、室内の壁掛け時計を見ればそれは17時50分を示しており、図書館が閉館する10分前を意味している。


「あ? もうそんな時間か」

「あっという間でしたねー」


 俺の言葉に同調した小牧は、ぐでーっと机に体を伸ばす。

 すると、その様子を見ていた浦上がふふっと笑って。


陽奈(ひな)ちゃん、ずっと集中して頑張っていましたもんね。お疲れ様です!」


「……っ!?」


 小牧に(ねぎら)いの言葉をかけた。

 一方の小牧は、()()からの労いの言葉がよほど嬉しかったのか、机に突っ伏したかと思うと頭を抱えて(もだ)え始めた。

 忙しいヤツである。


 しかし、労ってくれるのは浦上だけではないようで。


「ははっ、本当にみんなお疲れ様。特に大和と陽奈ちゃんはここ一ヶ月頑張ってたしね。二人とももう大丈夫そうかい?」


「あぁ。完璧とまでは言えねぇけど、粗方(あらかた)はな」


「陽奈はまだ不安だけど……前よりは自信がつきました。お陰様で何とか頑張れそうです……!」


「そっかそっか。それなら僕らも教えた甲斐があったよ。ねぇ、浦上さん?」


「はい、そうですね!」


 和気(わき)藹藹(あいあい)とした時間が流れる。

 いよいよこの時間が終わると思うと、僅かな寂しさとともに、しんみりとした気分に浸ってしまう。

 なんだからしくもないと、そう思えてしまうほどに。


「……お前ら、今日まで付き合ってくれてありがとな。この礼はいつか必ず返す」


 俺は鞄に荷物を仕舞うと、椅子から立ち上がる。


「あぁ、楽しみにしてるよ。ちゃんと85点以上のテスト用紙を全て持ってきてくれよ? それが僕が欲しい1番のお礼だから」


「私も同じです。楽しみに待っていますから!」


「陽奈も先輩方にお礼できるように頑張ります! 不良先輩、頑張りましょうね!」


「あぁ」


 ほんと、コイツらは善いヤツだな。

 俺じゃなくて、コイツらが善行貯金箱を持つべきなんじゃないかと、そう思えてしまうほどに――。


 そうして、俺たちは図書室を後にしようとした。――はずだった。


「……御堂先輩、待ってください」


 図書室の扉に手をかけたその時、カウンターの方から俺の名を呼ぶ声が聞こえ、俺は足を止めた。

 声のした方へ振り向くと、そこに居たのは――。


「どうした御厨(みくりや)?」


 カウンター当番をしていた御厨が、椅子から立ち上がってこちらを見つめていた。


 御厨が図書委員であることは募金活動以降に知ったのだが、御厨を知る前は勿論、今日まで御厨が当番中に話しかけてくることはなかった。


 ――それなら、いったいどうしたんだ?

 そんな疑問を抱いているものの、御厨は何故か口を閉ざしたまま。明らかに様子がおかしかった。


「おい御厨、どうしたんだ? 聞こえてんのか?」


 俺はカウンターの方へ移動し、御厨の顔を覗き込む。

 するとその瞬間、御厨の唇が動いたかと思うと、その言葉が発せられた。

 だが、俺はすぐにその意味を理解することはできなかった。



「御堂先輩、何があっても試験は受けてくださいね……。()()、ですよ……?」



★―★―★



 帰宅してからも俺は勉強を続けていた。

 だが、御厨の言葉が魚の小骨のように心へ引っかかり、集中できずにいた。


『何があっても試験は受けてください』


 あの時は「そりゃ当然だ」と応えはしたものの、御厨の言葉といい態度といい、違和感が拭えなかった。

 思い返せば、募金活動が終わった時にも急に俺を呼び止めている。


「御厨のヤツ、マジでどうしたんだろな……」


 不意に漏れ出た言葉。それは紛れもない俺の本心だった。

 すると、その時。


「ただいま〜」

「あぁ、おかえり」


 姉さんが帰宅してきた。

 買い物帰りなのだろうか、大学用のバッグに加えてエコバッグも肩に掛けている。

 すると、姉さんは大学用バッグの中を漁りながら俺の方に近づいてきて。


「はい、これ」


 俺に一枚の小袋を渡してきた。表面には"明星(あけぼし)天満宮(てんまんぐう)"の文字が書かれ、中身が少し膨らんでいるのが見てとれる。


 ――まさか。

 俺は受け取るや否や、封を開ける。そうして中から現れたのは――。


「……お守り」


 "学業成就"の四文字が記された、紫色のお守り袋だった。


「いいのか、これ?」


「そりゃあ勿論だよ! 大和のために買ってきたんだからー!」


 えっへんと言わんばかりに胸を張る姉さん。

 きっと、俺の期末試験のために買ってきてくれたのだろう。


 (はた)から見れば、たかが定期試験ごときで大袈裟だと思うかもしれない。

 けれど、たとえそうだとしても、俺のために態々買ってきてくれたという事実が――俺のためにというその気持ちが、俺は何よりも嬉しかった。

 だから。


「ただの定期試験でここまでしてくれるヤツは、姉さん以外見たことねぇよ。……はっ、さんきゅー姉さん。ちょっとばかし気が楽になったわ」


「そっかそっかぁ。ま、可愛い弟のためだもん。これくらいワケないってことよ〜!」


 まったく、どこまでもお人好しな姉である。


「あっ、因みになんだけどね」


 すると、姉さんはそう言ってバッグを再び漁り始めて。


「私もついでに買っちゃったんだよね〜!」

 

 と、何やら桃色のお守り袋を取り出した。

 書かれていたのは"交通安全"の四文字。確かに、電車で大学に通う姉さんにとってはうってつけの物だ。


「へぇー、いいじゃねぇか」


「でしょでしょ! デザインが可愛くてつい買っちゃったんだ!」


 そう言って心底嬉しそう表情を浮かべる姉さん。

 そんな笑顔の姉さんを見ていると、がっかりした表情にはさせたくないと思えてしまうな。


 俺は左手に収まっているお守りをぎゅっと握る。

 そしてそれをノートの横に置くと、再びシャーペンを手に取った。


 けれど、いつの間にか御厨のことは頭から抜け落ちていて、不思議と集中することができたのだった。

お読みいただきありがとうございました。

次回、遂に期末試験が始まります。

果たして大和君は全教科85点以上を取れるのか……?

そして、御厨君の言葉の意味とは……?


この作品がお気に召しましたら、いいねや★、ブックマークをつけていただけると嬉しいです!

感想もお待ちしております!

それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)

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