31話 疑念と覚悟
募金活動が終わった日の夜。
俺が風呂から上がって自室の扉を開けると、まるで俺のことを待っていたかのように、机上のスマホが軽快な電子音を鳴らした。
スマホを充電器から取り外し、流れるようにベッドに腰掛ける。"20:31"と記されたスマホの画面を上にスワイプしてメッセージアプリを起動すると、一件のメッセージが表示された。
『御堂先輩から得た情報を報告します』
送り主は御厨だった。
するとその直後、また新たなメッセージが送られてくる。
『OK、頼んだよ』
今度は瑠唯からだった。
そう、実はこのやり取り、以前に俺・瑠唯・御厨で作ったグループ内で行われている。そのため、この中の誰かが外部に漏らさない限りは、こうして誰にも知られずにやり取りができるのだ。
因みに、グループ名は"御堂を潰し隊"。名付けたのは瑠唯だが、その点については敢えて言及しないでおこう。うん。
『頼んだ』
俺も自分の存在を伝えるべく返信すると、いよいよ御厨の報告が始まった。
『了解です。では早速』
『1、彼には実の姉がいる
2、執行部に入った理由は、浦上先輩に誘われたから』
『以上が、彼から直接聞いた話です』
簡潔にそう伝えてきた御厨。だが、その内容に俺は違和感を抱いた。何故なら、御厨自身がそのようなことを聞き出すと思えなかったからだ。
御厨をこちら側に引き込む際、御厨は「誰が入部して来ようが、誰が退部してしまおうが、それはどうでもいい」と答えていた。そのことを鑑みると、御厨自身が考えて質問したとは思いにくい。
――ということは、瑠唯が直接指示を出した?
ふとそんな考えが思い浮かんだ――その時。
俺の思考を見透かしたかのように、答えが送られてきた。
『そっか』
『ありがとね御厨君、指示通り聞き出してくれて』
『アイツには怪しまれなかったかい?』
予感的中。やはり瑠唯が事前に指示を出していたらしい。
だけど、どうしてそんなことを聞き出そうとしたのか?
瑠唯のことだから、きっと何かしらの考えがあるのだろうが、皆目検討もつかない。
疑問符を浮かべる俺を他所に、御厨が答える。
『一応、僕自身が彼のことを気になっているという体で近づいたので、大丈夫だと思います』
『それなら大丈夫そうだね。ご苦労様!』
『なぁ瑠唯、なんでそんな事を聞き出そうとしたんだ?』
会話がひと段落しただろうタイミングを見計らい、俺はずっと疑問に思っていたことを尋ねた。
すると、少し間をおいて瑠唯からメッセージが送られてきた。しかし、その言葉を見た瞬間、俺は口を噤んでしまう――。
『俺がアイツに人間関係を壊されたように、俺もアイツの人間関係を壊したかったからだよ』
無機質なはずの文字から伝わってきたのは、恨み、辛み、怒り。もともと絵文字や顔文字を使わないだけに、余計に冷酷な印象を受けてしまう。
それと同時に、瑠唯を不快な気分にさせたことを悔やんだ。それが、純粋に質問をしただけであってもだ。
故に俺は――。
『そうだったんだな……。悪かった、辛い気持ちを思い出させて』
そんな謝罪の言葉を瑠唯に送る。
だが、瑠唯から返ってきた言葉は予想だにしないもので。
『気にしなくても大丈夫だよ、勝烏。だって俺、今すごく気分が良いんだから!』
「……え?」
思わず素っ頓狂な声が漏れる。
『え、なんで? 何か良いことでもあったのか?』
『そりゃもちろん! だって、とても使えそうな情報が手に入ったんだよ? これでアイツの絶望する顔が拝めると考えると、ワクワクが止まらないって!!』
――さっき俺が感じた負の感情は思い違いだったのか?
そう思えるほどに、瑠唯の文字は興奮に満ちていた。
一方の御厨はいったいどんな心境でこのメッセージを見ているんだろうな……。
『そりゃ良かった』
『え、ちょっと引いてない?(笑)』
『いやいや、そんなんで引かねーよ(笑)』
『僕も引かないですよ』
『それなら良かった(笑)』
メッセージ上からでも浮かんでくる楽しそうな瑠唯の表情。御堂に対する感情の所為で心に負荷がかかっていると思っていたけど、少しでも笑っていてくれるのなら俺も安心だ。御厨も同調してくれているしな。
『よしっ、良い作戦を思い付いたよ!』
すると、瑠唯からそんな言葉が送られてきた。
『マジ!? どんなの!?』
『気になります』
期待を膨らませていく俺たちに対して、瑠唯は続ける。
『まだ一部だけどね(笑)
考えがまとまったらまた共有するよ』
『OK!』
『了解です』
いったい瑠唯はどんな作戦を思い付いたのだろうか?
そして御堂をどんな風に陥れるのだろうか?
高揚していく気分に、瑠唯もこんな風にワクワクしたのかなと、俺は感じたのだった。
★―★―★
それから約2時間半が経過しただろうか。
ベッドに転がりながらスマホで動画を見ていると、一件の着信が画面の上に表示された。
『完成したよ!』
――遂にできたのか!
俺は動画を一時停止するや否や、何かに駆られたように急いでメッセージアプリを開く。
『待ってたぜ!』
俺も返信すると、すぐに既読がついた。それも二件。
どうやら御厨も既にアプリを開いていたらしい。
『メモにまとめたから、それを今からコピペして送るね』
そうメッセージが表示された直後、追加で文章が送られてきた。だが、その文章に俺は思わず目を見張ってしまった。
理由は単純。画面に収まりきらないほどの長文が送られてきたからだ。
『すげー考えたな! 読み切るまで時間かかるけどいい?(笑)』
『ありがとう! それはもちろん(笑)
二人ともゆっくりでいいからね』
そうして俺は驚き半分、感心半分の状態で長文を読み始めた。
最初のうちは、俺にも出番があると知って喜びながら読み進めていた。
しかし、だんだんと画面を下にスクロールしていくうちに、先ほどとは別方向の驚きと、密かな危うさを感じるようになった。
やがて読み終えた後に感じたのは、復讐に取り憑かれた人間の覚悟と恐ろしさ。そして遅れるように、この計画に加担した以上は後戻りができないという緊張感が、心にじわりと広がった。
「……これ、バレたら終わるな」
思わずそんな言葉が漏れる。
だが、そう思っていたのは俺だけではないようで――。
『王子先輩、流石にこの作戦は度が過ぎていると思いますが……』
御厨もまた、この作戦に危機感を抱いていたようだった。――しかし。
『そうかな? でもこれくらいしないと、俺の気が済まないんだよね。あ、もしかしてまた迷いが出ちゃった?』
『いえ、そんなことはないです』
『ダメだよ〜御厨君? 一度仲間になってくれた以上、裏切りは許されないんだから』
『勿論分かってます』
『本当に?』
『はい』
『うん、それなら安心したよ』
瑠唯は作戦を危険視するどころか、有無を言わさない圧力を御厨に掛けた。
昼間にも、突然御厨が御堂を呼び止める怪しい素振りを見せたからか、瑠唯は御厨の言動にかなり敏感になっているらしい。
それ故か。
『勝烏も大丈夫だよね? 俺、勝烏のことはすごく信用しているんだから』
疑いの目は俺にまで向けられることになった。
俺を「信用している」と言いつつも、心の底では不安と疑念を晴らせずにいるようだ。
一度親友との絆が切れてしまうという経験をした瑠唯の気持ちを考えると、そうなるのは必然なのかもしれない。
『大丈夫だ! 何度も言ってるけど、お前の過去を知っている以上俺は絶対に裏切らねー! だからお前はそのまま俺のことを信用してくれていいんだぜ!』
だからこそ俺は、瑠唯を慰めるような文章を送り出した。ちょっとばかり格好をつけてしまったからか、ほんのり心がむず痒い。
すると、その時。
『……ありがとう、勝烏! 大好きだよ!』
「……っ!?」
瑠唯が寄越してきたのは「大好き」の一言。
不意にそんなことを言われ、心のむず痒さは一転、大きな一拍を鳴らした。直接的に表情は見えないものの、あの可愛らしい笑顔を浮かべているのは容易に想像できる。
俺でさえ不覚にも胸がドキッとするのだ。瑠唯のことを好いている女子たちがあの笑顔で「大好き」なんて言われたら、倒れる人が続出しそうである。
親友からそう言われて悪い気はしないのだが、ここでは御厨もいることだし、ちょっとな。うん……。
『おう、じゃあ俺はそろそろ寝るわ』
『OK、それじゃあ今日は解散ってことで。二人ともおやすみ!』
『おやすみ!』
『おやすみなさいです』
こうして、やや締まりの悪い気持ちのまま、この日の報告会と打ち合わせは終了した。
しかし、俺はアプリを落とさず、瑠唯から送られた作戦を再確認するように眺める。
今日は6月27日土曜日。そして、作戦決行日は約2週間後の7月10日金曜日――期末試験の最終日だ。
この日に全てが終わる。瑠唯の過去も、御堂の未来もだ。
そう考えると、瑠唯本人ではないにも関わらず、湧き上がる高揚感が止まらなくなってきた。
「……ちょっとだけ試験勉強すっか」
スマホの電源を落とすと、眠気がくるまでの暇つぶしとして俺は机に向かう。だが、結局集中することはできず、再びベッドに転がる羽目になるのであった。
お読みいただきありがとうございました。
勝烏君や御厨君が止めようとするほどの瑠唯君の作戦とは、いったいどんなのでしょうか……? いよいよ、期末試験最終日に向けてカウントダウンが始まります。お楽しみに……!
それと、投稿が1日遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
次回は遅れることなく投稿できるように努めます。
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それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)