30話 人は見かけによらぬもの
募金活動も後半。初夏の日差しが強まる中、俺たちは相変わらず道ゆく人たちに募金を呼びかけていた。
だが、やはり応じてくれる人は僅かで、大半の人は通り過ぎて行ってしまうのが現状だ。それでも、少しでも募金を集められるようにと、改善できる点は改善するようにしていた。
まず、言葉使いは「おねしゃーっす」ではなく「お願いしまーす」と。御厨曰く、基本的なことだが誠実さをアピールする上では大事なことらしい。
次に、声は大きく明るめに。近所迷惑にならない声量で、なおかつ威圧感を与えないように調整するのがコツらしい。
最後に、顔は笑顔で愛想よく。これについては多少の恥ずかしさもあって出来ている気がしないが、一応愛想は良くしているつもりだ。
まぁでも、その甲斐あってか。
「……先輩、その調子です」
「そうかい、そりゃどうも」
御厨が褒めてくれるようになったので、今のところは大丈夫なのだろう。人は全然来ないが。
だが、それでも俺は諦めず、その調子で次にやって来た人にアピールしようとした――その時だった。
「おっ? あんちゃんたちじゃねぇか!」
聞き覚えのある声が、どこからともなく響いてきた。
「あっ、逸見さん」
「あ? 組長のおっさん?」
そちらの方へ首を動かすと、そこには商店街振興組合の組長こと逸見正義が、片手を軽く挙げて微笑んでいた。ガタイのいいそのおっさんは、相変わらず頭に白いタオルを巻いている。
「おっさん、なんでこんなところに」
「なぁに、ちょっくら隣町に用があってな、今から駅に向かうとこだったんだ。あんちゃんたちの方はアレか? 生徒会のヤツか?」
「あぁ、まぁな」
「へぇ! 土曜日だというのにご苦労なこったぁ!」
江戸っ子風の訛りを利かせるおっさん。腕組みをしながらうんうんと頷くその姿は、何処となく山県先生に似ている気もする。年が近く見えるからだろうか?
そんな疑問を抱いていると、おっさんは顎に添えて、とある質問を繰り出した。
「ピンクの羽根募金なぁ……。耳馴染みがねぇけど、いってぇなんの募金をしてるってんだ?」
「ん? あぁ、それはだな――」
と、俺は答えを説明しようとしたが、すぐにその言葉を飲み込んだ。というのも――。
「――ピンクの羽根募金は、学校教育のために使われています」
御厨が遮るように口を開いたからだ。
目を丸くする俺を他所に、御厨は続ける。
「例えば足りない備品の購入費に充てられたり、貧しい生徒のための教科書代などに充てられたりします。基本的にここで集められた募金は、一度組織の方に送られてから必要に応じて支給されます。なので、集まったお金をこの夜宵高校が全て独占するワケではなく、学校同士で共有していこうという感じです」
そして、「そういうワケなので募金お願いします」と付け加えて締め括った。
流れるように、それでいて簡潔に説明しきった御厨に、俺は思わず舌を巻いた。
かたや、黙って話を聞いていたおっさんはというと、腕組みを崩さないまま何か思案げな表情を浮かべていた。何か引っかかる点でもあったのだろうかと思っていたところ、やがて、おっさんはフッと息を漏らして――。
「……よっしゃ分かった! 俺も募金してやんよっ!」
言いながら、ズボンのポケットから徐に財布を取り出した。長らく使っているのだろう、革の財布はところどころ色落ちして、一部の革が剥げている。
「生憎、こんなもんしかねぇけどな……」
そうしておっさんが取り出したのは、まさかの紙幣――それも五千円札だった。
「……えっ!?」
「おっさん、マジでいいのか……?」
混乱する御厨と俺。
そりゃそうだ。お札を出してくれる人ですらいなかったというのに、それを超える金額を出してきたら、誰だって驚かずにはいられない。
一方、おっさんは俺たちの反応を見ると、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「おうよ! なんてったっていつも世話になってるからなぁ! これはそのお礼も兼ねてだ!」
勢いのまま、俺が持つ募金箱の中にお札を投入した。
「マジか、本当に……」
俺は少しの間、募金箱から目を離せなかった。
俺が呆気にとらわれる一方、御厨も少しの間驚いてはいたが、ハッと何かを思い出したように、持っていた袋の中を漁り始めた。
「あのっ、逸見さん、これを……。とても一枚では足りない気もしますが……」
御厨が取り出したのは、一枚のピンクの羽根。それをおずおずと差し出すと、おっさんは「いいってことよ!」と言いつつ受け取り、財布にしまった。
そして。
「……っと、そろそろ時間か。じゃあな、あんちゃんたち! 頑張れよ!」
そう言い残し、おっさんは颯爽と駅の中へ去った。
「……なんというか、粋な人でしたね」
「……だな」
残された俺たちは、消えゆくおっさんの背中を見つめた。
世の中には冷たい人が多いように思えていたが、案外そうでもないのかもしれない。おっさんが例外の可能性も十分ありえるが、それでもおっさんの行動は、俺たちのやる気を後押しするきっかけになったのであった。
★―★―★
それからというもの、俺たちは幾度となく呼びかけを続けていたが、遂に終わりの時がきた。
再びナマハゲに集められた俺たちは、募金箱と羽根が入った袋をナマハゲに預け、そこで解散となった。後のことはナマハゲの方がなんとかしてくれるらしい。
なお、集めた総額については募金箱の中を見ることができないので不明だが、ピンクの羽根の方を見ると、枚数がかなり減っていた。それも、前半の時より多く――だ。
なのでまぁ、前半の時よりも沢山の人に募金をしてもらえたと言えるだろう。一応、単に通りかかる人が増えたり、優しい人が多かっただけの可能性もあるが、御厨の提案に乗ったことによる成果だとすれば、御厨には感謝しないといけないな。
そう思うと、俺は帰り支度を済ませて――。
「お疲れ、御厨。なんつーかまぁ、今日はありがとな」
御厨に感謝の言葉をかけた。後輩に面と向かって言うのはちょっぴり照れ臭いけれど、それでも大事なことなのだ。なんせ、誠実さを伝えるなら、基本的なことが重要らしいからな。
そんな俺の言葉に御厨は。
「……いえ、こちらこそ急な申し出にも関わらず、ペアになっていただいてありがとうございました」
気をつけの姿勢をとると、ペコリと頭を下げた。
御厨海斗。
最初こそ、印象が薄くて心の読めない変わったヤツだと思っていた。しかし、いざ一緒に活動をしてみると、真面目で、仕事ができて、何処となく可愛げのあるヤツだったことが分かった。
思ったことをズバッと言う節はあるが、それでも――いや、それだからこそ、御厨という人間を俺は気に入ったのかもしれない。
――人ってのは、関わってみねぇと分かんねぇもんだな。
「……はっ。そんじゃあな御厨、またなんかあったらヨロシク」
そうして俺は、御厨に軽く手を挙げると、帰路に着くべく足を踏み出した――の、だが。
「……待ってください!」
突然、御厨らしからぬ声量が駅構内に響いた。
俺は驚き半分困惑半分で振り返る。見れば、帰ろうとしていた難波たちも目を見開いて、御厨を注目していた。
「……なんだ、どうした?」
「っ……、いえ、やっぱりなんでもないです……」
不意に視線を落とす御厨。
その長い前髪の所為で相変わらず目元はよく分からないが、口元を見やると、少し唇を噛んでいた。
無意識のうちに御厨を傷つけてしまったのだろうか?
それならば謝ってやりたいが、本人が「なんでもない」と言っている以上、こちらから探りを入れるのは悪手だろうか?
そう悩んでいたその時、御厨の肩にポンと手が置かれるのが見えた。その手の主を辿ると、そこには――。
「大丈夫かい、御厨君?」
絵に描いたように美しく、端正な顔立ちをした少年がいた。コイツは確か、同じ学年の王子とか言うヤツだったはず。
恐らく、先輩として御厨のことを気にかけてやっているのだろう。
「……すいません、大丈夫です」
「そっか、それなら安心したよ。本人もこう言っているみたいだし、御堂君は帰っても構わないよ。後は僕らが付き添っておくからさ」
王子は俺にそう告げると、その横にいたヤツ――小坂井だったか――に目配せをすると、もう一度御厨の肩をポンポンと叩いた。
「……そうか、じゃあ任せるわ。……まぁ御厨、気をつけて帰れよ」
「……はい」
王子の言葉を信用した俺は、御厨に心配の言葉をかけて、再び帰路についた。
道中、やはり御厨のことが不安になったが、あの二人が上手いこと気にかけてくれると信じることにした。
ふと見上げれば、太陽が雲に隠れて始めている。本当に梅雨の晴れ間だったんだなと、おぼろげな感想を抱いた。
こうして、俺にとって最初の本格的な部活動――募金活動は幕を閉じるのであった。
お読みいただきありがとうございました。
最初のメインイベントが終わり、残すは期末試験のみとなりましたね。そして次回以降、物語は佳境に入ると思います。お楽しみに……!
因みに、ピンクの羽根募金は実際には存在しません。架空の活動であり、現実の活動や団体とは無関係ですので、ご注意ください。
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それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)




