3話 価値
帰宅した俺は結んだゴミ袋を玄関の脇に置き、リビングに入った。部屋の壁掛け時計は、既に12時半を示している。
時の流れに少々驚きつつも、ソファにゆったりと腰を落ち着けて机上の貯金箱を眺めた。
「――さて、いくらほど貯まったのかねぇ」
独り言を呟きながら、貯金箱を手に取る。
大層な額は期待していないが、一時間分の仕事に見合うぐらいの額は入っていて欲しいものだ。そう思いながら貯金箱を振ってみると。
――ジャラ、ジャラ
と、金属同士がぶつかり合う音が聞こえた。
昨日より確実に増えている。だが、中身は相変わらず少ないように思えた。
「やっぱり、そう簡単には増えないもんだな」
そうして一人現実に思いを馳せていた時だった。
俺はふと、豚のお腹に違和感を感じた。裏返して見てみると、"101"という文字が浮かんでいた。
「……なんだ、この数字は?」
昨日までは無かったような気がするが、単に見落としただけだろうか。この数字はいったい何を表している? ――いや、まさかとは思うが。
「これ……貯金額か?」
改めてそれを振ってみる。再度、金属どうしがぶつかり合う音が響く。感覚的にも2枚しか入っていないと思われる。つまり、あの数字は貯金額を表していると考えられるのだ。
けれど、その数字を見た俺は。
「あれで100円とは、お前もなかなか世知辛いんだな」
と、喋るはずのないソイツに愚痴をこぼした。
そして、貯金箱を机に置き、昼食のカップ麺を作るために立ち上がったのだった。
★―★―★
18時を過ぎた頃、姉さんは帰宅した。
姉さんは、大学用のトートバッグを椅子の背に掛け、マイバッグを机の上に置く。
「――で、今日はどうだったの?」
姉さんは、買ってきた惣菜をマイバッグから取り出しながら俺に尋ねる。
俺はソファに寝転んだ体勢で、今晩の惣菜をちら見する。今晩はコロッケとメンチカツ、それにポテトサラダらしい。
「豚のお腹を見てみな」
俺がそう言うと、ひとしきりの惣菜を出し終えた姉さんは豚の腹部を確認した。
「……101?」
「ああ、恐らくだが現在の貯金額を表している」
「ふーん、やっぱりそう簡単には増えないのね」
昨日から何度も思っているが、現実は甘くないものだ。
しかし、姉さんは意外な考えを口にする。
「だけどさあ、こうとも考えられない? 家での手伝いよりも外で何かする方が、100倍の価値があるって」
逆転の発想をしたらしい。だが。
「……どうだろうな。俺は大差ないと感じたが」
「もしそうなら、これから毎日外でゴミ拾いをするのも意味があるんじゃない?」
「面倒だし、最低賃金よりも低いんじゃあちょっとなぁ」
「ちりつもちりつも、続けることが大事だよ。そうしたら結果は後から付いてくるもんだからね」
『塵も積もれば山となる』という諺を若者言葉風に簡略化した姉さんは、何故か決まったと言わんばかりのドヤ顔を決めている。実際、若者ではあるが。
「……気分が乗ればな。それよりも、冷めない内にさっさと飯にしようぜ」
「はいはい。もう、大和君は卑しいんだからー」
「あ?」
「いや、なんでもございませんよー」
「ったく……」
マイペースに冗談を言う姉さんに、俺は頭を抱えながら夕飯の準備を始めた。
ただ、姉さんの言うように、ちりつもというのは大切なのかもしれない。
だが、不良のような性格を直そうとちりつもしたにも関わらず直せなかった俺にとっては、徒労に終わるだけの思考としか思えなかったのだった。
お読みいただきありがとうございました。
コロッケとメンチカツって美味しいですよね。
ただ両方主菜となると、似たもの同士なので、食べ合わせ的にどうなんでしょうか。
大和君は気にしてなさそうでしたが、舞香のセンスが垣間見えましたね。
それでは、次回もまたよろしくお願いします。
(→ω←)