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善行貯金箱  作者: 案内なび
募金活動・期末試験編
29/42

29話 御堂と御厨

「募金お願いしまーす」

「募金お願いしまぁっす!」

「募金、お願いします!」


 嫌な蒸し暑さが辺りを(ただよ)う中、ここ明星駅(あけぼしえき)南口では募金を求める声が飛び交っていた。しかし、道ゆく人は(まば)らである上、足を止めてくれる人はそういなかった。


 それでも皆、諦めることなく声を上げ続けている。それは俺の隣で小袋を持っている少年――御厨(みくりや)海斗(かいと)も例外ではなかった。


 あれから結局、俺は御厨とペアを組むことになり、駅の南口を担当することになった。誘われた当初はどうしようか迷ったものの、別に断る理由も無いかと思い、御厨の誘いに応じたのだ。


 そんな御厨は、ピンクの羽根が入った袋を受け取るや否や、速攻で持ち場に着いていた。俺の募金箱が無いのにどうするんだとツッコミたくなったが、それだけやる気に満ち溢れていたのだろう。


 一方、俺が誘おうとしていた難波(なんば)は、意外にも小牧(こまき)とペアになった。少し距離は離れているが、俺たちと同じ南口を担当している。


 これについてはあくまで俺の推測だが、先のナンパ発覚騒動の時にいた浦上(うらかみ)高坂(こうさか)には声をかけにくかったので、事情を知らない小牧に頼んでペアになってもらったのだろう。


 難波よ、小牧が優しくて良かったな。()()の浦上じゃなくてお前を選んでくれたんだ。しっかり感謝するんだぞ?


 さて、そんな感じで募金活動をしていた時のことだ。


「御堂先輩。少し聞きたいことがあるのですが、いいですか?」


 御厨が俺をやや見上げるようにして声をかけてきた。


「あぁ別に構わねぇが、どうした?」

「先ほど集合場所に居た女性って、知り合いの方ですか?」


 ――先ほど集合場所に居た女性?

 一瞬誰のことか分からなかったが、すぐに心当たりのある人物が思い浮かんだ。


「それって浦上たちと話していたヤツのことか?」

「そうです」

「あぁ、ならウチの姉だ」


 確かに、姉さんが駅の中に入った直後くらいに御厨が到着したので、その前に御厨が姉さんの姿を視認していてもおかしくはなかったが――。


「んで、ウチの姉がどうかしたか?」

「いえ、単純に気になっただけです。ありがとうございます」


 そう言って、表情一つ変えずに頭を下げる御厨。そしてすぐにまた「募金お願いしまーす」と声を上げ始めた。


 ――え? それだけの為に聞いたのか?

 あっさりと会話を終えた御厨に対し、俺の口はぽかんと()いたままになってしまう。


 ふいに質問を振ってきておいて、答えを聞いたらすぐに仕事に戻るとは……心の読めないヤツだ。

 しかし、そう思っていた直後。


「あ、もう一つ質問なんですが、先輩はどうしてこの部活に入ろうと思ったんですか?」


 再び質問を繰り出してきた。御厨、マジで読めない。


「どうして、か……」


 俺はどう返答しようか悩み始める。その間にも幾人か駅の方に流れて来て、その度に御厨が「募金お願いしまーす」と声をかけていた。


 俺が生徒会執行部に入部したのは()()()()()のためだ。しかし、安易に非現実的な存在を口に出すのは(はばか)られる。

 

 ――ならば丁度良さげな口実は……。

 と、考えていたその時、まさに丁度良さげな口実を思い浮かんだ。


 これなら事実だし、下手に勘繰られることもないだろう。そう推測するなり、俺はその言葉を口にした。


「それはな、浦上らに誘われたからだ」


「浦上先輩たちに、ですか」


「あぁ。前に俺が成り行きで商店街の清掃を手伝ったことがあるんだが、多分そん時の働きかなんかを見て俺を誘おうと思ったんだろ。そんで入部しようか迷っていたところを、さっき話した姉さんに背中を押されて入部したって感じだ」


 嘘は吐いていない。根本的なきっかけを話していないだけだ。


「そういうことだったんですか。確かにカフェにいましたもんね」

「なんだ、お前も居たんだな」

「別グループでしたけどね」


 それから御厨は「ありがとうございます」と言って、すぐにまた募金活動へと戻った。


 これもまた()()()()()()()()()()なのだろうか? 相変わらず読めないヤツだが、まぁ普通に質問してくるくらいだから嫌われてはいないのだろう。


「先輩も声出してください。募金、集まりませんよ?」

「え? あぁ、すまねぇ」


 振り回されている気がしなくもないが、仕事は真面目に(こな)そうとしているのだ。その辺は多少目を(つむ)るとしよう。


 それに、俺も流石に考え事が多すぎた。御厨に(なら)って真面目に活動するべきなのかもな。


「募金、おねしゃーっす」


 そうして御厨にダメ出しを喰らわないよう、俺もまた募金活動に励み始めた。



★―★―★



 それから約30分が経過し、10分間の休憩時間となった。ここから再び30分間の募金活動をしたら、これで活動は終わりの予定である。


 日も高くなり、気温もそこそこ暑くなってきた。そのため、部員のヤツらは一度ナマハゲに募金箱を預け、駅構内の邪魔にならない一角で休憩をしている。


 だが、俺はそんな暑さに構わず、駅前に備え付けられたベンチに腰掛け、その横の自販機で買った麦茶を飲んでいた。すると、一人の生徒が俺の目の前にやって来た。


「お疲れ様です御堂先輩。隣、いいですか?」

「あぁ、お疲れ。構わねぇよ」


 やって来たのは御厨だった。御厨は俺に一礼をすると、隣に腰掛ける。


 他のヤツらは日差しを避けるために駅構内で休憩中だというのに、御厨はわざわざ外にいる俺の元へやって来たあたり、俺に何か聞きたいことでもあるのだろうか?


 そう勘繰っていた矢先、御厨が口を開いた。


「御堂先輩、さっきは思ったより募金集まらなかったですね」


「……ん? あぁ、そうかもな」


 てっきり何か質問されるものだと思っていた俺は、一瞬言葉に詰まりながらも応答する。

 もしかして御厨は純粋に俺と話がしたいだけなのだろうか。そうだとしたら密かな嬉しさがあるが、都合のいい解釈かもしれない。


「まぁ駅を利用したいだけのヤツらにとっては、駅前で活動しているヤツなんて興味ねぇか、うざったいと思うヤツが大半だろ。たとえその対象が高校生だとしても、な」


 言いながら、俺はペットボトルのフタを閉める。

 実際、駅前で政治活動や宗教活動、ティッシュ配りなどをしているのを見かけると、大半のヤツはスルーして通り過ぎていると、駅に向かう道中で姉さんが言っていた。


 ただ本人は「ティッシュくらいは受け取ってあげればいいのにね」と愚痴を溢していたが。


「そういうものなんですか」


「いや、これは俺の推測でしかないし、必ずしもそうとは限らねぇけどな」


「そうですか。……それなら、僕の思う原因も話していいですか?」


「ほう? いいぞ」


 御厨も自分なりに原因を考察していたらしい。やはり真面目なヤツだ。

 だが、そう感心していた直後、御厨が口にしたのはまさかの言葉だった。


「恐らくですが、御堂先輩に原因があると思います」


「…………はぁあ?」


 思わず語尾が上擦(うわず)る。

 なぜ俺が原因なのかと、疑問や苛立ちが脳に立ち込めた。


「なんでそう思った」


「まず、言葉使いです。『おねしゃーっす』じゃ誠意を感じられないです。きちんと『お願いしまーす』と言った方がいいです」


「……っ」


「次に、声がやや低いし暗いです。もう少し明るく元気にしないと、威圧感を感じてしまいます」


「……」


「最後に、先輩の顔が怖いです。ただでさえ吊り目の三白眼(さんぱくがん)で人相が悪いんですから、笑顔でいてください。そうでないと、怖くて近寄れないです」


「……てめぇ」


 刹那、俺はその場で立ち上がる。垂れ下がる右拳はプルプルと震えが止まらない。御厨の言葉がどれも正論だからだ。


 図星を突かれて――それも年下に突かれて、苛立ちと悔しさが一気に募ってしまった。


 だが、長い前髪の隙間から真剣な眼差しを向ける御厨を見ていると、ここで御厨を殴るのはあまりにもお門違(かどちが)いな気がしてしまった。


「……チッ、はぁ」


 舌打ちと溜め息を吐くことで怒りを沈め、再びベンチに腰を下ろす。昔の俺なら、きっとここで手を出してしまっただろうから、多少は成長したのかもしれない。


「……悪人顔で悪かったな。まぁでも確かにお前の言うとおり、俺にも原因はあるだろうな。顔はどうしようもねぇが」


「いえ、僕も言い過ぎました。すいませんでした。ですが、先ほど難波先輩から見せてもらったんですが、あちらの方ではピンクの羽根がかなり減っていましたし、募金箱も僕らより重たかったです。どうやってそんなに募金をしてもらったのか話を伺ったんですが、小牧さんと難波さんは『明るく愛想よく』振る舞っていたそうです」


 なので、と御厨は付け加えると。


「僕たちも真似できるところは真似した方がいいと思います」


 そう締め括った。

 確かに、成果を挙げている相手の方法や工夫を取り入れることは、自分たちが効率良く成果を挙げる上では理に(かな)っている。ごもっともな言い分だ。


 それなら御厨の提案に乗るべきだろう。顔はどうにもならないが。それとは別に、難波に負けるのはなんか(しゃく)に触るしな。


「……分かった。お前の言うとおり、できる限りのことはやるよ。その代わり、お前もちゃんとやってくれよ?」


 俺はペットボトルを持って立ち上がる。俺の影が御厨を覆った。

 そして、俺の言葉に御厨は。


「……はい、勿論です」


 と、少し()を置いて立ち上がった。

 長い前髪で分かりにくかったが、一瞬だけ僅かに目を見開いていたような気がした。


 それにしても、こうして御厨と活動の会話をしていると、なんだか仕事をしている気になってしまう。それでいて、不思議と充実感が胸に満ちてくるような。そんな初めて味わう感覚に、俺は密かな心地よさを感じた。


 もしかすると、御厨とは案外馬が合うのかもしれないな。

 

 初夏の暑さが蔓延(はびこ)る中、俺たちは一度駅構内でナマハゲから自分たちの募金箱と袋を受け取ると、再び持ち場へと移動した。ただし、今回は俺の方が速く持ち場に着いたのだった。

お読みいただきありがとうございました。

遂にこの編の二大イベントである募金活動が始まりましたね。この編が始まってから10話目にしてようやくですか。予定より話が長くなりがちなのは、もう私あるあるですね(諦め)。


この作品がお気に召しましたら、いいねや★、ブックマークをつけていただけると嬉しいです!

感想もお待ちしております!

それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)

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