27話 瑠唯の過去②
「……っ、おいお前! 何してんだっ!!」
人気のない校舎裏。そこでヒロが御堂に殴られたのを見た瞬間、俺は反射的に飛び出していた。同時に、ヒロと御堂が振り向く。
「……チッ」
すると、御堂は俺の姿を見るや否や、身体を翻してその場から逃げ出してしまったのだ。
「……ッ! てめぇっ!!」
俺は逃すまいと右腕を伸ばす。けれど、頬を痛そうに押さえるヒロを置いて、御堂を追いかけるなんてことはできない。俺は足を止めざるを得なかった。
そして、ただ消え行く御堂の背中を、歯を食いしばり睨むことしかできなかった。
「……クソッ!」
感情のままに言葉を吐き捨てる。初夏の暑さも相まって、身体が熱くて仕方ない。
そんな時、ヒロがぽつりと呟いた。
「……見られちゃったな」
その言葉につられ、俺はヒロの方を振り向く。
「大丈夫……じゃないよね、ヒロ」
「……うん」
両手で左頬を押さえるヒロ。痛みの所為からか、目には涙を溜めていた。
「……とりあえず保健室に行こう。歩けるか?」
「……一応」
そうは言いつつも、いざ歩き始めると、ヒロの足元はどこか覚束なかった。
もしかすると、ビンタの衝撃で脳震盪を起こしているかもしれない。それに、御堂がヒロの性別を知っているかは知らないが、女子の顔を傷つけるなんて言語道断だ。
そう思うとまた怒りがフツフツと湧き上がりそうになった。
だが、なんとかその感情を抑え、俺はヒロに肩を貸しながら保健室へ向かうことにした。
道中、ヒロはずっと俯いたままだった。
★―★―★
「……何があったんだ、ヒロ?」
保健室のソファに腰掛ける俺とヒロ。養護教諭の先生からもらった氷嚢を左頬に当てて俯くヒロに、俺はそんな質問を繰り出した。
ヒロは少しばかり下唇を噛む。やがてほうっと一つ息を吐くと、その口を開いた。
「……俺が悪いんだよね」
「……」
「……さっきのヤツ、御堂って言うんだけどな、俺がソイツとの約束を守れなかったのが悪いんだ」
「約束……」
一体どんな約束をしたのだろうか。
そんな疑問に応えるように、ヒロは目線を下にしたままその『約束』を口にした。
「うん。『もう学校に行くな』って約束」
「……っ、なん、で」
思わず言葉が詰まってしまう。
信じられなかったのだ。いつのまにかヒロが御堂と約束を交わしていたのが。さらには、「不良」と呼ばれているヤツとの接点があったことが。
当時、御堂大和という人間は問題児として学校中で有名だった。学校には滅多に来ないし、来たとしても必ずと言っていいほど暴力沙汰を引き起こしていたからだ。
そんなヤツとヒロは繋がっていた上に、約束まで交わしていたのだ。
俺は開いた口が塞がらなかった。
「ごめんな、何でかまでは教えられないんだ。たとえそれが、親友であるルイだったとしても、な……」
そう言うと、ヒロは俯いたまま立ち上がる。
その表情は、どこかばつが悪そうだった。
「ちょっ……! どこに行こうとしてるんだ、ヒロ!」
俺も慌てて立ち上がる。
するとヒロは。
「安心して、家に帰るだけだよ。痛みもある程度引いてきたし、これ以上心配させたくはないからな」
と、貼り付けたような笑みを浮かべた。
だがその目は笑っていない上に、未だに潤んでいた。
――もしかしてだけど、早々に俺から離れたがってる……?
そう思えてしまうようなヒロの表情と雰囲気に、俺の心臓はバクバクと鳴り始める。遅れて、言い知れない汗も額に滲み出してくる。
ヒロが無言のまま歩き始めた瞬間、強固に繋がっていたはずの絆が、ギシギシと音を立てて引き裂かれ始めたような気がした。
「待てってばヒロ、まだ話は――」
そう言って、俺がヒロの肩に触れた時だった。
「付いてくんなっ!!」
「……っ!」
ヒロは聞いたことないくらいに声を荒げて、右手で力強く俺の左手を払い除けた。
だらりと俺の左手が落ちていく。
何が起こったのか、すぐには理解できなかった。
だが、じわじわと左手首の痛みを感じ始めるとともに、現状を飲み込めるようになった。その、信じたくないような現状を。
一方でヒロは大きく目を見開いていたが、やがて俯いて歯を食いしばったかと思うと、消えるような声で呟いた。
「ごめんルイ。今日は、一人にしてほしい……」
震えたようなその声に――聞いたこともない程に弱々しいその声に、俺はただ「分かった」と応えてあげるしかなかった。
静まり返った保健室に、ジージーとアブラゼミの鳴き声が響いてくる。今年初めて聞くセミの鳴き声だとは、つゆも知らなかった。
★―★―★
「――結局、ヒロと会えたのはそれで最後だったんだ。あれから学校に来ることは一度もなかったし、卒業式の日も姿を見せなかったよ。御堂の方はごく稀に姿を見かけたんだけどね」
「そう、だったんだな……」
窓の向こうの景色を眺めるように机に腰掛けていた瑠唯は、そう自嘲気味に笑みを浮かべる。
窓の景色もかなり暗くなっており、気がつけば下校の音楽が鳴る18時が近づこうとしていた。
それにしても知らなかった。瑠唯がそんな辛い過去を背負っていただなんて。まさか、御堂と同じ中学校出身だったなんて。
瑠唯と知り合って一年と少し。親友になれたとはいえ、俺は瑠唯のことをまだまだ知らなかったようだ。
「だからね、もしかしたら勝烏とも離れてしまうんじゃないかって、そう思ってしまうんだ」
窓の景色を見つめたまま、言葉を紡ぎ出した瑠唯。その表情は怯えているようで、悲しそうで、俺は居た堪れない気持ちになった。
だから――。
「大丈夫だぜ、瑠唯! 俺は何があってもお前から離れたりなんてしない!! それに、瑠唯の話を聞いたら余計御堂に腹が立ってきた。だから、何がなんでも御堂を潰してやろうぜっ! 俺が全力で支えてやるからっ!!」
俺は右手を瑠唯に差し出した。
「勝烏……」
「なっ!」
「……ははっ。そう言ってくれると、心が軽くなるよ」
そう言って瑠唯は机から腰を上げて降りると、その右手を俺の手に合わせてきた。
「ありがとな、勝烏」
「なんてことはねぇよ、瑠唯」
俺はその手をがっしりと掴み、離れないように握りしめる。
ふと見上げると、瑠唯の目からは一筋の涙が流れていたが、その顔はとても嬉しそうだった。
俺はなんだか照れ臭くなり、よりいっそう右手に力が入った。
「ちょっ! 勝烏! 痛い痛い!」
「あ、わりぃ」
「もう、握り潰されるかと思ったよ……。まぁでもありがと、勝烏。御厨君ともども、一緒に頑張ろうな」
「あぁ!」
ヒロさんがなぜ御堂と約束を交わしたのか、どうして学校に来なくなったのかは分からない。だが、ほぼ間違いなく御堂が関わっていると見て間違いないだろう。
俺は瑠唯の心を深く傷つけた御堂を絶対に許さない。そして、御堂に与するヤツらも同罪だ。
だから俺は最後まで瑠唯を支えてみせる。
もう二度と、絆が切れる恐怖を味わせないために――。
お読みいただきありがとうございました。
辛い過去を歩んできた瑠唯君。そして改めて瑠唯君を支える決意をした勝烏君。今後、彼らの復讐劇はどうなっていくのでしょうか……?
それと、来週(9/8)の定期更新はお休みさせていただきます。理由としましては、忙しくなる前に、中途半端にしている作品を書き上げてしまいたいからです。再開は再来週(9/15)の予定です。勝手で申し訳ありませんが、ご了承いただけると幸いです。
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それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)




