26話 瑠唯の過去①
小学生時代、俺――いや、僕は暗い性格ゆえに友だちがいなかった。休み時間にひとりぼっちは当たり前。体育でペアになる時に僕だけ余るのも、いつものことだった。
そんな中で僕は小学校を卒業し、中学生になった。
でもどうせ僕に友達はできない。そう思っていた。
そんな矢先、僕に声を掛けてくれたのがヒロ――天宮陽良だった。
★―★―★
「なぁ、ちょっといいか?」
「えっ? あ、はい。大丈夫ですけど……」
窓辺の桜が舞い散り、うららかな風が新しい教室を吹き抜ける朝。僕が読書をしていると、突然左隣に座っていた人物が声をかけてきた。
黒髪ショートヘアに、少し吊り目で二重な目。太陽のように明るくニッと微笑むその丸顔は、どこか中性的な印象だ。
「良かったらさ、春休みのワークの答え、ちょっと見せてくんない?」
「……え?」
「いやぁ、ちゃんとワークはやったんだけどさ、答えだけ失くしちゃって」
見知らぬその人は「お願い」と言うと、両手を合わせて頭を下げてきた。
――え、何いきなり? というか本当にちゃんとやってきたの?
思わず疑ってしまったが、その辺はどうでもいいかと思い、僕は新しい通学鞄からワークの答えを取り出してその人に渡してあげた。
「ありがとな、助かるよ」
「いえいえ、頑張ってくださいね」
そうして彼は、足元に置いていた鞄からワークを取り出した。その裏面には『天宮陽良』とあった。
――なんて読むんだろう?
僕はその読みを推測しつつ、答え合わせを始めようとする彼を少し観察していた。
すると――。
「……いや、まっさらじゃないですか」
「あはっ、バレた?」
僕がチラリと覗いて見ると、彼が開いていたページは見事なまでに空欄だけだった。それだけではない。ページを捲る度に空白地帯が現れてくるのだ。
そんな状態に、僕は思わず――。
「……騙しましたね?」
彼をジトっと見つめた。
すると、彼は慌てた様子で。
「あ、いや、別に騙すつもりとかは無かったんだけど! ……まぁ、結果的に騙すことになっちゃったな。ごめんっ!」
と、先程と同じポーズで勢いよく頭を下げた。
まともに宿題をしないような人だけど、根はいい人なのかな? 多分。
「……まぁ別に気にしてないのでいいですけど。それより時間が勿体ないので、早く終わらせた方がいいですよ」
「ははっ、そうだな。ありがと。……っと、そういえば自己紹介がまだだったな」
そう言うと、遂にその人は自分の名前を口にした。
「俺の名前は天宮陽良。ヒロって呼んでくれ!」
「あっ、ヒロさんって言うんですね。僕は王子瑠唯です。よろしくお願いします」
「ルイ君か。いい名前だね。これからよろしくな、ルイ! あぁそれと、『さん』は付けなくていいからな!」
そう言って彼が向けてくれた笑顔は、どこか眩しくて、どこか暖かかった。まるで春の太陽のようだ。
「あぁ、えっと、それじゃあヒロ……くん、頑張ってね」
「ははっ、丁寧なヤツなんだな! さんきゅ、ルイ!」
そうしてヒロは、間に合うかも怪しい課題に取り掛かり始めた。
――それにしても、ヒロくん。こんな僕にまで声をかけてくれて、いい人だなぁ。
もしかしたらヒロくんなら親友になってくれるかもしれない。そう思うと、胸が少しドキリとして、けれどどこかワクワクして。新学期の緊張も相まって、僕の胸は忙しなく鼓動していた。
そんな感情に浸りつつ、僕は読書を再開すべく、視線を彼から自分の手元に滑らせた――その時だった。
ふと、僕の視線は彼の鞄で止まってしまった。
同時に、彼に対する疑念が生じてしまう。なぜなら。
――あれ? 鞄の中に答え入ってる……。
いくつかの課題が入っているその一番上に、その答えは入っていた。おまけに、雑に入れていた所為でグシャリと折れ曲がっているワケでもなく、むしろ丁寧に入れられている。
――コレ、本当に今まで気づかなかったの?
ますます疑問に思った僕は、一応気づかなかった可能性も考慮して教えてあげようとした。
だが。
「…………」
一生懸命に手を動かしている彼を見ていると、横槍を入れるのは憚られてしまった。
――まぁ僕はもう終わらせているし、貸していても別にいいか。
答えを借りて宿題を丸写しする彼を横目に、僕は読書を再開するのだった。
これが僕とヒロの出会いだった。
★―★―★
それ以来、ヒロは僕に絡んでくれるようになった。
休み時間はいつも一緒にいるし、放課後にどこかへ遊びに行くこともあった。
「ルイは顔立ちがいいんだから、イメチェンして笑顔を意識したらモテるだろうな」と言われ、ヒロと一緒に美容院へ行ってみたり、鏡の前で笑顔を作る練習もしたりした。
そのお陰か、自然と明るい性格に変わっていき、一人称も「俺」に代わっていった。
その変貌っぷりは、ヒロが思わず。
「正直俺も、ここまで変わるとは思わなかったよ」
と、驚きの言葉を漏らすほどだった。
だが、驚いたのはヒロだけではない。俺もヒロに驚かされたのだ。というのも――。
「えっ!? ヒロって女だったの!?」
「あはは、実はそうなんだよね」
中学1年生という期間が終わる終業式の日の放課後。突然ヒロは校舎裏に俺を呼び出したかと思えば、衝撃のカミングアウトを口にしたのだ。
「どうして今……?」
「いやぁ、ずっと言おうかどうか迷ってはいたんだよね。だけど、なかなか切り出す勇気が出なかったんだよ。ルイに嫌われたくなくって……」
そう言って一瞬視線を落とすヒロ。対する俺はきっと、呆けた顔をしていただろう。
やがてヒロは、もう一度顔をあげて言葉を続ける。
「……でも、これ以上隠したままモヤモヤするのも嫌だったんだ。だから1年生という期間が終わる今日この日に、全てを打ち明けてしまおうって……そう決心したんだ。……ごめんね、今まで黙ってて。嫌だよね、親友が女だったなんて」
ヒロの目が潤む。こんなヒロを見るのは初めてだった。
胸が痛い。でも、ヒロはもっと胸が痛いだろう。なんせ、嫌われるかもしれないと思っているのだ。
だから僕は、気づけばヒロにその言葉をかけていた。
「……嫌いになんてならないよ」
「……え?」
「嫌いになるワケがないよ。だって、ヒロは俺を変えてくれたんだよ? そんな恩人を性別一つで嫌いになんてなったりしない。ヒロはヒロだって、俺は思ってるからね」
なんだかクサい台詞になってしまったなと思ったが、それでもコレは紛れもない本心であった。
だから。
「だから、これからも俺の親友でいてほしいな」
俺は、ヒロに教えてもらって出来るようになったその笑顔を、ヒロに向けながら右手を差し伸べた。
「……あの時から思っていたけどやっぱり優しいね、ルイは……」
「……え?」
「ううん、なんでもないよ。ありがとうな、ルイ。俺の方こそこれからもよろしくなっ!」
ヒロは溢れかけていた涙を袖で拭うと、僕の手を取った。その顔は、紛れもなく今まで見た中で1番の笑顔で、1番ヒロに似合う表情だった――。
★―★―★
この一件以降、俺とヒロの友情はさらに強固なものへとなっていた。
絶対に切られることのない絆。生まれて初めて得たそれを、俺は一生大事にするつもりだった。たとえそこに、男女という性差があったとしても――だった。
けれど、それが叶うことはなかった。
2年生に進級して以降、ある夏の日を境に、ヒロは学校へと来る回数が少なくなっていった。
最初は風邪を拗らせていると思っていた。
だけど、偶然あの場面を見た時、そうではないと確信すると同時に怒りも湧いてきたんだ。
今思い出しても、無性に腹が立つ。
放課後の校舎裏。御堂がヒロの顔を平手打ちして、怒鳴っていたんだ――。
お読みいただきありがとうございました。
瑠唯君の過去編は、一応次回で終わる予定です。
大和君がヒロさんの顔を平手打ちした理由とは……?
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それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)




