24話 奇怪なヒーロー
「……だるい」
帰宅してから一時間後、俺はリビングのソファの上で足を放り出すようにして転がっていた。
今日は金曜日。明日が休みだと思うと、どうしてもダラけてしまうものだ。たとえ約一ヶ月後に、今後の進退を分かつ期末試験があったとしても――だ。いやむしろ、まだ一ヶ月あるという慢心があるからなのかもしれない。
「……なんか食うか」
時刻はもう19時を回っている。姉さんはバイトがあるため今日の帰りは遅く、夕飯は俺が作るしかない。
因みにこんな陸でなしな俺だが、家に篭っていた分、少しばかり料理の腕は身につけている。「お湯を沸かせてインスタントラーメンを作る」というような意味ではないから、そこは安心してもらいたい。
そういうワケで、俺は冷蔵庫にあった卵と鶏肉を使い、親子丼を作り始めた――。
やがて親子丼が完成したころ――19時半くらいだろうか、ガチャリとドアの開く音が玄関の方から聞こえてきた。
――きっと姉さんが帰ってきたんだな。
出来たての親子丼をダイニングテーブルに運びつつそんなことを思っていると、リビングのドアノブがガチャリと回された。
だが。
「あぁ姉さん、おかえ――」
そう言いかけた刹那、俺は言葉を失ってしまう。
何故なら、扉の先から現れたのが――。
「やぁ少年、待たせたわね!」
全身ピンク色のヒーロースーツを身に纏った変質者だったからだ。
「何してんの?」
「え? コスプレだけど」
「見りゃ分かるよ。え、なに? その格好で帰ってきたの?」
姉さんの顔は仮面で覆われており、額には赤いハートが取り付けられている。胸元には黄色で縁取られた黒い大きなVサイン。腰回りにはやや奇抜な形のベルトが巻かれ、右手には拳銃のような武器が握られていた。
正直、クオリティはかなり高い。
ただ、ハロウィンのような特別な日でもないのに、そんな格好をして町を歩いていたと考えると、どこか末恐ろしいものがある。
だが姉さんが口にしたのは、ある意味ではさらに恐ろしいことだった。
「いや、玄関で着替えたよ」
「速すぎねぇか?」
今さっき玄関を開けて入ってきたばかりなはずだ。もし姉さんの言葉が本当であれば、約5秒ほどで着替え終えたことになる。
流石に無理がある気もするが、コスプレをしている人にとっては、早着替えなんて当然の所業なのだろうか……?
いや、そもそも――。
「玄関で着替えるなよ。人が入ってきたらどうすんだ?」
「安心して。その時はこの『急速気力銃』で殴りつけてやるわ!」
――それはもう銃ではなくただの鈍器では?
仮面の所為で表情こそ分からないが、恐らくドヤ顔を決めているだろう声音をしている。というか、その武器ちゃんと名前あるんだ。
「それはそうと、親子丼作ってくれたんだね! 美味しそうじゃん! ありがとね!」
急に話変わったな。
「……まぁな。とりあえず話したいこともあるし、早く着替えて飯にしようぜ。今なら温けぇから」
「了解したわ、少年」
そんな感じで茶番を繰り広げた俺たちは、ようやく席に着き、親子丼を食べ始めるのだった。
因みに、あのヒーロースーツは姉さんオリジナルのデザインらしい。姉さんのコスプレに対する熱意、一体どうなっているんだ……?
★―★―★
「へぇ、駅前で募金活動ね……」
「あぁ」
「生徒会ってそんなこともするんだ」
「らしいな」
親子丼を食べ終えてリラックスし始めた頃。俺は向かいの椅子に座る姉さんに、募金活動のことを話した。机の上には空のどんぶりが、どんぶりの中にはプラスチック製のフォークスプーンがそのまま立て掛けられている。
「あー、じゃあその日は私も一緒に行こうかな。どうせそのあとバイトで駅に行くし」
「え、なんで? 別に一緒に行く必要はなくないか?」
年頃の姉弟で一緒に歩くとなると、何処か小っ恥ずかしいものがある。いつぞやのゴミ拾いの時も一緒に歩いたとはいえ、だ。
それに、いざ執行部のヤツらと出会した時、姉さんが何を言い出すか分からないという懸念もある。だからこそ、あまりついて来て欲しくないのだが――。
「まぁまぁいいじゃない。可愛い弟の護衛だって、ヒーローの役目よ?」
「ヒーローなら私よりも公を優先してくれ」
「大丈夫! バイトに行くついでの護衛だから!」
――それは確かにそうかもしれないけど……。
だだまぁ、これ以上何を言っても無駄だろう。御堂舞香という人間は、好奇心旺盛なお節介焼きなのだ。俺がどんな活動をするのか、「護衛」の名に託けてその一部始終を見てみたいのだろう。
「……はぁ……分かったよ、好きにしてくれ。ただ、生徒会のヤツらに会っても変なこと言うなよ? 特に貯金箱のことなんかは誰にも言ってねぇんだから」
そう言って俺は、リビングの机に置かれた豚の貯金箱を顎で示した。
「りょーかい! あっ、ご挨拶くらいはしてもいいよね?」
「それは別に構わねぇけど」
「ははっ、ありがとね。いやぁ〜また凪沙ちゃんに会えるといいな〜」
そう口にした姉さんの表情は、まるで遠足を楽しみにする小学生のように浮かれていた。
バイトや護衛よりも浦上に会うことの方が目的になっている気がしなくもないが、楽しそうな笑みを浮かべる姉さんを見ていると、そんなことはどうでもよく思えてしまった。
こうして俺は募金活動当日、姉さんと明星駅に行くことになった。
だが、この時の俺はまだ知らなかった。その日、姉さんの口からとんでもない事実を聞くことなるのを――。
お読みいただきありがとうございました。
今回は半分ネタ回です。舞香さんのコスプレは、もはや恒例ネタになりつつありますね……。
それと、今回は久しぶりの更新ですね。長らくお待たせした上に、1日遅れでの投稿になってしまい申し訳ないです。今週からまた再開していきますので、どうぞよろしくお願いします。
それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)




