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善行貯金箱  作者: 案内なび
募金活動・期末試験編
22/42

22話 存在に揺れる

 その日の夕方、俺たちは下校途中に公園へ立ち寄っていた。俺は止めている自転車に(また)がりつつ、公園内の自販機で買った缶コーラを開ける。プシュッと炭酸の抜ける音が気持ちいい。

 

「へへっ、いただきまーす」

 

 俺は早速それをグビグビと飲んでいく。喉に伝わる刺激と飲み慣れたこの味、やっぱり――。


「くぅー、最高だぜっ!」


「ははっ。ほんと美味しそうに飲むね」


「そりゃあ美味いからな!」


 俺の隣で同じく自転車に跨っている瑠唯(るい)は、俺の飲みっぷりに感心したように微笑む。


勝烏(しょう)を見てたら、俺も飲みたくなってきたよ」


 そう言うや否や、瑠唯も自転車のカゴに入れていたオレンジジュースの缶を取り出し、プシュっとフタを開けた。ゴクゴクとそれを飲み込む音が聞こえてくる。


「ぷはぁー。やっぱりいいね、美味しい」


 満足そうに笑みを溢す瑠唯。整った顔立ちをしている彼だが、こんな感じで笑った時の表情は可愛らしく、女を虜にしてしまう――と、クラスの女子がヒソヒソと盛り上がっていたのを思い出した。

 正直、女子受けがいい点だけは瑠唯に嫉妬してしまう。

 

「……どうしたの、勝烏? 俺をずっと見つめて」


「え? あぁいや、何でもねぇよ」


 俺は瞬時に瑠唯から目線を逸らす。無意識のうちに瑠唯をジッと見つめていたらしく、少し小っ恥ずかしい。

 とにかく話題を変えようと、俺は本題を切り出す。


「……それより瑠唯。アイツの事だが、上手く混乱させられたと思うか?」


 俺の言葉に瑠唯は、缶ジュースを持ったまま自転車のハンドルに両肘を掛けて応える。


「いや、ダメだろうね。ウワサ自体は割と広がったみたいだけど、それでもウワサはウワサ。根拠がないって事で一蹴されただろうね」


「だよなぁ。あの場にいた時は面白いネタが手に入ったと思ったけど、いざ()()してみたら手応えがないなんてなぁ」


 そう。今朝俺たちが教室で話をしていると、アイツが突然ウチの教室に入ってきて、浦上さんに「放課後ちょっといいか? 話がある」なんて言ったのだ。


 アイツ自ら己を辱めるネタを持ってきた――そう思ってワクワクしながら告白のデマを流したというのに……。


「まぁあれはその場の思い付きだったからね。ある程度は予想通りだよ。……でも大丈夫、本命はこれからなんだからさ。だから――」


 その瞬間、瑠唯はニヤリと口角を上げたかと思うと、驚きの言葉を口にした。


共犯者(コマ)を増やしてみない?」


 刹那、俺の胸はドキッと脈打つ。

 

「コマってお前、いったい誰を……」


「実は一人アテがいるんだ。昨日の自己紹介の時、みんなが拍手する中、ただ一人拍手しなかった男――。きっと彼も反対派(こっち側)だと思うんだよね」


 瑠唯は右手に持った缶ジュースをくるくると回す。中で液体が跳ねる音が微かに聞こえた。


「俺は全く気がつかなかったけど、よく見てるなぁお前」


「まぁ俺の左の方に座ってたからね。俺の右側に座ってた勝烏には見えなくても仕方ないよ」


「瑠唯の左側――」


 と言いかけたその時、俺の脳裏には一人の人物が浮かんだ。


「……あぁ、アイツか」


「そうそう、彼だよ」


 確かに思い返せば、瑠唯の隣は空席だったが、その一つ左の席はアイツが座っていた。

 ただ――。


「けど、アイツを引き入れるのか? 俺ははっきり言って苦手なんだが……」


「まぁまぁ、これもあの不良を退部させるためだと思って」


 目的はアイツの退部。であれば、どんなに苦手だとしても、同じ気持ちを抱くヤツと手を組む方が、きっとメリットがあるのだろう。


「……分かったよ。お前を信じるからな?」


「うん、俺に任せてよ」


 そう言うと、瑠唯は再び缶ジュースに口をつけ、それをグイッと飲み干した。


「ふふっ。これで上手くいきそうだよ」


 先程みたいに、再び屈託のない笑顔を浮かべる瑠唯。けれど、その表情はどこか不気味な感じもした。


 どんな計画を立てているのかは分からないが、瑠唯が共有してくれるまでは、ひとまず瑠唯に任せることにしよう。


 そう判断をした俺は、残っていた缶コーラをグビグビと飲み干した。


「よしっ。話もついたし、帰るかぁ〜」


「そうだね〜」


 そうして俺たちは、自動販売機の横にあるゴミ箱に空き缶を捨てに行き、再び自転車に跨がった。――その時だった。


「すいません、少しお尋ねしてもよろしいですか?」


 俺たちの後方から、男の声が聞こえてきた。

 俺と瑠唯は声の主を確認すべく、後ろを振り向く。

 すると、視界に映ったのは一人の警察官だった。


 まだ二十代だろうか、若々しく清潔感のある風貌だが、どこか威厳らしさも兼ね備えているようにも見える。ちょうど西陽と警察官の姿が被っているため、後光が差しているように見えて、思わず気後れしてしまう。

 そんな俺に代わって、瑠唯は微笑みを浮かべて応えた。


「もちろんです。どうなさいましたか?」


「ありがとうございます。実は、聞き込み調査をしておりまして」


「聞き込み、ですか。それはご苦労様です。一体何を調べていらっしゃるんですか?」


 瑠唯が質問すると、警察官はフッと笑みを溢して、その言葉を紡いだ。


「"善行貯金箱"って、ご存知ですか?」


「善行貯金箱? 初めて聞きましたが……」


 そう言って、瑠唯はちらっと俺の方に振り向く。

 俺もそんなモノは知らない。そのため、俺は瑠唯に首を振り返す。

 そんな俺たちの様子を見て、警察官は続ける。


「そうですか。では、簡単にご説明いたします。その善行貯金箱を持っていれば、善行を積めば積むほど、お金が貯まる――そういう貯金箱です」


「そんなものが世の中にはあるんですね。(にわか)には信じられませんけど……」


「まぁそれが当然の反応です。ですが、貴方たちの周りにこんな方はいらっしゃいませんか?」


 警察官はそう前置くと、驚くべき言葉を口にした。


「例えば、今まで不良のような振る舞いをしていた人物が、急にゴミ拾いを始めたとか――」


 瞬間、俺の心臓はドクンと大きく脈打った。それと同時に、一人の男の名前が脳裏を過る。


 ――御堂大和。


 確かに最近、「御堂という不良は学校に行かない代わりに、地域のゴミ拾いをしている」というウワサを耳にした事はあるが……。


 だがそんな物がこの世にあるとすれば、アイツの行動全てにおいて辻褄が合ってしまう。

 ウワサの事も、商店街の清掃活動にいた事も、そして生徒会執行部に入部した事も――。

 すると、今度は瑠唯が警察官に尋ねた。


「仮にそんな人がいたとして、どうするつもりなんですか?」


 瑠唯の質問に対して、警察官は笑みを崩さず淡々と答える。


「もちろん逮捕して、貯金箱を押収しますよ。現状の通貨法では、政府以外による貨幣の製造・発行は禁止ですからね。仮にそれが実態を伴わない仮想通貨だったとしても、審議されるべき対象ではありますので」


 警察官のその言葉に、俺は段々と気持ちが高揚してくる。


 もし、御堂が貯金箱を所持していたとすれば、御堂は逮捕される事になり、必然的に生徒会執行部から姿を消す……いや、なんなら学校から姿を消してくれるのだ。

 それならこの警察官にアイツの存在を伝えるのが得策。


 そう思った俺は、初めて警察官に対して口を開こうとした。――だが、その瞬間だった。


「申し訳ないですが、俺の周りにそんな人はいないですね」


 なんと、瑠唯は御堂の存在を伝えなかったのだ。

 警察官の例え話で、御堂を連想しないはずはない。

 だとしたら、御堂を逮捕してもらうという発想に至らなかったのか……?

 しかし、策略家である瑠唯がそれに気づかないなんて事があるだろうか……?

 そうなったら、瑠唯は御堂を守ろうとしたのか?

 何のために? ワケが分からない。

 俺はただ、澄ました顔で警察官を見つめる親友を、疑う事しか出来なかった。


「そうですか……。分かりました、ご協力いただき感謝いたします」


 そう言うと、警察官の男は公園を出て、先の方へと行ってしまった。


「……ふぅ。さて、今度こそ俺たちも帰ろうか」


「なぁ瑠唯。お前気づかなかったのか?」


「何が?」


「御堂の存在を伝えてアイツが逮捕されれば、必然的に生徒会からアイツが消えるって事だよ」


 俺はブレーキハンドルを強く握り締め、声に僅かな怒りを乗せる。自分でも不思議だった上に、親友にここまで気持ちが荒ぶるのは初めてだ。

 

 そんな俺の様子を見て、瑠唯は溜め息を吐く。


「……もちろん気づいてたよ」


「ならなんで……!」


 ますます声に怒りがこもる。

 

「だって、面白くないでしょ?」


「お前何言って――」


 と、俺が言い掛けた直後だった。

 瑠唯は俺の言葉を遮るように口を開いた。

 だが、その言葉はいつもの瑠唯からは信じられない言葉だった。


「俺はね、誰にも邪魔されずに、俺のやり方でアイツを排除したいんだよ……俺が自分の手で潰してやったっていう実感が欲しいんだよ! ……だからさ、これからも俺に協力してくれるかな? 親友」


 そう言って、瑠唯は屈託のない笑顔で手を差し伸べてきた。だが、その表情に対して抱いた事のない感情によって、俺の腕は鳥肌を立ててしまう。


 この手を握り返さなかったら、俺はどうなってしまうのだろう。そんな恐怖心さえ覚えてしまう。


 でも、他ならぬ親友の頼みなのだ。

 だったら――。


 俺は意を決し、その手を握り返した。

 一方、酷く黒ずんだ眼を持つその存在は、確かに握り返された手を満足そうに見つめていた。

お読みいただきありがとうございました。

今回は珍しく、主人公の大和君が一切登場しない回です。

物語が動きそうな展開ですが、今後はどうなっていくのでしょうか……?


この作品がお気に召しましたら、いいねや★、ブックマークをつけていただけると嬉しいです!

感想もお待ちしております!

それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)

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