20話 勘違い
初めての部活動を終えた俺は、無事に帰宅した。
今日一日だけでも色々あったので、中々に草臥れてしまった。
そのため、いつも通りリビングのソファでゆっくりと休息を取る……はずだったのだが。
「……で、どうだったんだね? 大和君」
帰ってくるなり、目の前に座っているコイツに何故か尋問されている。
ソイツは親指と人差し指でサングラスをクイっと上げた。
明らかにいつもと違う雰囲気を醸し出しているが、そう簡単に飲み込まれるような俺ではない。
何故なら。
「……いや、何やってんだよ姉さん」
そう、姉さんのなりきりキャラが発動しているだけだからだ。
「いやぁ、こういうの一度やってみたくって」
そう言って姉さんはサングラスをソファにポイっと投げ捨てる。
雑だな、おい。
「はいはい。それは楽しそうで何より」
「何か冷たくない?」
「いつも通りだよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
以前の陛下ごっこと言い、今回の刑事(?)ごっこと言い、我が姉ながらいささか幼稚ではないかと思ってしまう。
本人が好きでやっているのなら、別に口出しはしないが。
「で、部活の感想だったか?」
「そうそう、楽しみにしてたんだからね〜」
姉さんは体をウキウキワクワクさせている。
そんな姉さんに対してこの問題を伝えるのは少々心苦し気もするが、到底俺だけでどうにかなる問題ではないため、伝えなければなるまい。
「いや、それがだな……」
俺は意を決して、その言葉を口にした。
「入部したのはしたんだが、次の期末試験で全教科85点以上取らないと強制退部って条件が科せられたんだ」
「……え、マジ?」
「あぁ、マジだ」
刹那、リビングに静寂が訪れる。
ある程度はこうなると予想していたが、それでもやはり気まずいのなんの。
「えーっと、大和って勉強は」
「からっきしだよ」
「ですよねー、あはは……」
姉さんも俺の学力が如何ほどかを知っているため、笑うしかないようだ。
そういうワケなので。
「……てことで姉さん、俺に勉強を教えてくれねぇか?」
俺は姉さんにそう依頼した。
こんな(?)姉だが、一応熾烈な受験戦争を勝ち抜いて大学に受かった人物である。
出身高校は俺とは違うが、それでも基礎的な教養科目くらいは勉強してきたであろう。
そう思って姉さんに頼んでみたのだが、その返事はというと。
「ムリムリ、カタツムリだよっ! だって、最後に高校の勉強したのって2年前だよ!? それに元々勉強が得意なワケじゃないから、教えられてもちょっとだけだよ?」
あまり良いものではなかった。だが。
「そのちょっとでいいんだ。俺はまず基礎が出来ていない。たがらその基礎を教えてくれるだけでも……頼む」
俺は机の上に両手と頭をつける。
「や、やまと!? ちょっ、顔上げてよ!?」
「今後の活動が懸かってるんだ……!」
「そ、そりゃあ私だって弟のために何とかしてあげたいけど……勉強じゃあ私は力不足だよぉ〜」
そう嘆いて姉さんは視線を落としてしまう。
やはり自力でなんとかするしかないのだろうか……?
と、考えていた時だった。
「あっ、それなら凪沙ちゃんに頼めばいいんじゃない?」
姉さんはポンっと手を叩いて、そのような案を口にした。
「浦上か……」
確かに言われてみれば、最後に勉強して数年経つ人よりも現役の同級生の方が、その教科に対する記憶力や理解度は圧倒的に上だろう。
「……分かった。ありがとな姉さん。また浦上に会ったら相談してみるわ」
「うん、頑張ってね。一応私も教えられそうなところは頑張って教えるから」
「あぁ、助かるよ」
さて、これで何とか点数アップへの道は確保できそうだ。何より浦上は真面目なヤツだろうし、多分成績もある程度は上の方だろう。
それに、いざとなれば隣の席の難波もいる。アイツが勉強できるのかは定かではないが、ペアワークが好きなヤツだし、多分大丈夫だろう(?)。
その上姉さんも力になってくれる。
多少無理をしてでも勉強しないといけないな。
そんな思いを胸に、今日という一日は幕を閉じたのだった。
★―★―★
その日の放課後、私は御堂君に呼び出されて、屋上に繋がる階段に向かっていました。
今朝、御堂君は突然私の教室に入って来たかと思えば、「浦上、放課後話がある」と言い、その場所へ来るように指示したのです。
朝早い時間だったとはいえ、クラスメイトもある程度は居る中だったので、御堂君が教室を去った後はちょっとした騒ぎになりました。
それにしても、私に話って……?
屋上前の階段という、ひと気のない場所にまで呼び出して話したいこと。
「……」
「……」
「……っ!?」
その瞬間、私の中で一つの考えが浮かび上がってしまった。
まさか、まさか!?
いや、でもまだ確実にそうと決まったワケではないし。
でもそれ以外に秘密で伝えたいことって……
ううん、ダメです! そんな妄想、御堂君に失礼ですよ!
……でも、もしかすると。
いろんな考えが私の脳内を駆け巡る。
良くない妄想なのは分かっている。
でも、それを期待してしまう自分もどこかにいる。
――兎にも角にも、まずは御堂君の話を聞いてみないと。
そう思い、階段に足を掛けた時でした。
「来てくれたか、浦上」
階段の踊り場から、その人は声を掛けてきました。
「もちろんですよ御堂君。お話ってなんですか?」
私はあくまで普段通りを装いつつ、踊り場まで歩みを進める。
「あぁ、実はお前に伝えたいことがあって……」
「伝えたいこと、ですか……?」
「あぁ」
そう口にした御堂君は、一瞬私から目線を逸らす。
――まさか、本当に……? 待って! ま、まだ心の準備が……!
しかし、そんな内心で慌てる私のことはつゆ知らず。
やがて御堂君は意を決したように、一つ息を溢して、その言葉を口にしたのです……!
「浦上、俺に勉強を教えてくれねぇか?」
「はいもちろんです! ……えっ?」
「えっ?」
★―★―★
「――というワケで、85点以上取らねぇと強制退部になっちまうんだ」
「……なるほど、そういうことだったんですね」
俺は踊り場から2段上の階段に腰掛けて、事の成り行きを説明した。浦上も隣で頷きながら応える。
後ろ扉の窓から西陽が流れ込んでいるため、俺たちの影が踊り場の壁まで届きそうだ。
「まぁな。それにしても、急にお前が『えっ?』とか言うから、てっきり断られるのかと思ったぞ……」
「あはは、ごめんなさい。少し勘違いをしていたみたいで」
「何と勘違いしたんだよ……」
「えっ? いや、それはぁ……」
浦上は俺から目線を逸らして、その目を泳がせる。
本当に何と勘違いしたのだろうか……?
「んまぁいいさ。とにかくこれからよろしく頼むな、浦上」
そう口にして俺は階段から立ち上がる。
俺の影が完全に踊り場の壁まで届いた。
「……はいっ!」
浦上もまた階段から立ち上がった。
「それでは早速、図書室に行きますか?」
「あぁ、よろしく頼む。どうせ今日は部活も休みだしな、とことんシバいてくれ」
「あはは、無理しない程度に頑張りましょう」
そうして俺たちは踊り場から下の階へと続く階段を降り、図書室へと向かうのだった。
……はずだったのだが。
「あっ、いたいた! おーい、大和くーん」
「先輩! 探したんですよ!?」
図書室に向かう途中の渡り廊下、正面の方から難波と小牧に呼び止められた。
身長差が違いすぎる凸凹コンビの二人は、小走りにこちらへ近づいてくる。
俺が知らないだけかもしれないが、少し珍しい組み合わせな気もする。
「なんだお前ら?」
「二人ともどうしたんですか?」
「いや、少し二人聞きたいことがあってね?」
「聞きたいこと?」
何だろうか? 部活絡みのことだろうか? とにかく聞いてみないと分からないな。
「一体何を聞きたいんだ?」
俺が二人に問うと、二人は斜めに視線を交わらせ、ヒソヒソと何かを話し合う。
やがて小牧の方が口を開いた。
「その、不良先輩に聞きたいんですが」
「あぁ、なんだ?」
すると、小牧は少し口をもごもごとさせたかと思えば、耳を疑うような質問を繰り出した。
「……不良先輩、浦上先輩に告白したってマジですか!?」
「……は?」
お読みいただきありがとうございました。
今回はもうアレです。ベタなラブコメみたいな回です。
けれどもちゃんと物語の展開に絡ませつつ、みたいな?
そういう感じの回です。
前回までの入部編で、大和君の成長やら様々な展開を(多分)濃密に描いたので、息抜きとしてこんな回があってもいいでしょう。
まぁ一応、今回が新編の始まりではあるんですが……。
それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)




