2話 警察官
翌日の10時頃。姉さんが大学に行った後、俺も家を出た。
今日は月曜日であるため、きちんと学校に行ったヤツらと出会す事はない。
今の俺は、上は普段着のジャージ、下も普段着のジーパン、両手には軍手をはめ、左手にゴミ袋を持っている。
不良と呼ばれた俺が、このよく晴れた日にこんな暑そうな格好で歩いているのだ。当然、こちらに怪しげな者を見るような眼差しを送る者もいれば、こそこそと話し合うような素振りを見せる者もいた。
しかし、俺はそれらを気に留めず歩いた。
暫く歩いた俺は、公園のベンチに腰掛けて袋の中をじっと見つめていた。
道中にあったゴミを何となく拾い上げているうちに気づいたのだが、この街は意外とゴミが多い。タバコの吸殻や空のペットボトルのようなよくあるものから、もはや原型を留めておらず何物か判別し難いものまで、大小問わず多種多様である。
そのせいか、1時間でゴミ袋の三分の一くらいまでは集まった。
――俺のような素行不良なやつが多いのだろうか。
ぼんやりとそんな事を考えていた、その時だった。
「こんなところで何をやっているのですか?」
聞き馴染みのある男の声が後方から聞こえてきた。
俺が声の主を確認すべくそちらを振り返ると、ソイツは微笑みながら俺のもとに近づいて来ていた。
俺はソイツを一瞥して口にする。
「誰かと思えば、若槻さんじゃないすか。何しに来たんすか? 俺を補導するつもりすか?」
俺が冗談混じりに言うと、ソイツ――若槻さんはふっと笑った。
彼の名前は若槻秀一。この近くの交番に勤務している、糸目が特徴的な若い警察官である。しかし、その年齢とは不相応に落ち着いていて、かなり大人びている。
そして、過去に俺が学校で暴力沙汰を起こした時に対応したのが、この若槻さんだった。若槻さんは、俺が暴力沙汰を起こした訳を"不良だから"と一蹴しなかった上に、嫌な顔一つせず聞いてくれた数少ない理解者だ。
それ以来、若槻さんは俺に話しかけてくるようになった。それゆえか、俺もだんだんと崩した敬語を使うようになっていた。
「いえ、ただの巡回ですよ。それにしても不思議なものですね」
「何がすか?」
「不良と呼ばれた君が、ゴミ拾いをしていることですよ」
「側から見たらそうかもしれないっすね。ですけど、別に俺が何をしようと俺の勝手っすよ」
「まぁ、悪いことをしているわけではないですからね。むしろ善いことをしているわけだから感心ですよ」
「感謝状をくれてもいいんすよ?」
「僕的にはあげてもいいと思いますよ。ですが、こればかりは私の一存では決められないので」
「冗談すよ。感謝状目的でやっているわけじゃないっすから」
「君から言ったはずですがね」
そんな感じで、俺と若槻さんは冗談混じり会話をしていた。
普段俺は人に対してあまり冗談を言わない。けれど、この人の前だとなぜか冗談を言ってしまう。
本来なら、補導される側の不良とそれをする側の警察官という相反する関係のはずなのだが――。
すると、若槻さんはこんな疑問を俺にぶつけてきた。
「ところで、何が君を動かしたのでしょうか? 面倒臭がりな御堂君のことです。余程のことが無い限り、自らゴミ拾いをするとは考えにくいのですが」
俺はそれに答えるか迷った。なぜなら、あの貯金箱の存在をそう軽々と口にしていいものなのか躊躇ってしまったからだ。それに言ったとしても、そんな胡散臭い話はなかなか信じられないはずだ。
――だけど、若槻さんになら言ってもいいんじゃねぇか?
確証などどこにもないのに、なぜかそんな気がした。
だから。
「実はーー」
と、答えようとしたその時だった。
「若槻さーん! まーた油を売っているんですかー? まだ見廻りの途中なんですからー、早く行きますよー!」
突如、公園の外から、若槻さんと同じ服装をした若い女性が呼びかけてきた。
「すいません、後輩に呼ばれてしまったようなので……続きはまた聞きますね」
若槻さんは名残惜しそうにそう言い残すと、そのまま公園を後にした。
俺は少しの間、呆気に取られた。注意される若槻さんを見るのは初めてだった上に、後輩がいるのも初めて知った。
それにしても、「また」と言われるあたり、きっと俺以外にも油を売っている常習犯なのだろう。
「案外、あの人も素行不良なのか……?」
素行不良の警察官と思うと、何だかおかしな感じがして、思わずフッと息を漏らしてしまった。
その後、二人の姿を見届けた俺は帰路に就くのだった。
お読みいただきありがとうございました。
新たに警察官の若槻秀一が登場しましたね。
今後、彼と大和はどうなっていくのか。
次回もよろしくお願いします(→ω←)