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善行貯金箱  作者: 案内なび
入部編
18/42

18話 嘘吐きと探求者

「こんにちは。確か、君が御堂君でしたかな?」


 突如として俺たちの目の前に現れたスーツ姿のその男は、柔和な表情を浮かべながら、そう問いかけてきた。

 

 ――こんな教師、見たことない気がするが……一体誰なんだ?

 俺が眉を顰めていると、隣にいた難波はなぜか姿勢を改めて背筋を伸ばした。


「あっ校長先生。こんにちは、いつもお世話になってます!」


「えぇ、こんにちは」


 そして、難波は勢いよく頭を下げた。

 なるほど、この人が校長だったらしい。通りで普段は見かけない顔だなと思ったワケだ。


 だが、校長ともあろう人が一体俺に何の用が?

 疑問に思った俺は、校長と名乗る男に問い質す。


「あぁ、俺が御堂です。何か用ですか?」


「えぇ、少し君のことが気になりましてね」


「はぁ、それはどういう――」

と、俺が言いかけた直後だった。校長は遮るようにして答えた。


「行動の変化ですよ」


「行動の変化?」


「えぇそうです。正直に申しますと、昨年度までの君の行動は褒められたものではありませんでした。その所為か職員会議で話題に上がることも多々あったと聞いております。しかしここ数週間で君は、警察の方から感謝状を頂いたり、地域の美化運動に貢献したりと、大きく変わったようですね。もしかしたらそれが本来の君だったのかもしれませんが……。いずれにせよ、君が大きく変わったのは事実でしょう。故に私は君に尋ねてみたくなったのです」


 校長はそう説明すると、一拍を置いて、その質問を繰り出した。


「君が変われたきっかけ……それは何だったのですか?」


 ――きっかけ、か……。

 確かに言われてみれば、それについて深く考えたことはなかった。俺が無意識のうちに変われるはずはないので、どこかで変わるきっかけがあったのは間違いない。


 であれば、それはいつか?

 俺は最近の出来事を思い返してみる。すると、その答えは案外早く見つかった。


 ――豚の貯金箱だ。


 姉さんに誕生日プレゼントとして渡されたモノ。

 それを機に俺はゴミ拾いを始め、偶然浦上を助け、そうしてお金貯める――言うなれば()()()()をする喜びを知った。


 そこからさらに、効率よく貯金する方法を考えたり、何をしたらどのくらい貯まるのか検証したりと、すっかり生活の軸を成すまでには影響を及ぼしている。


 つまりはあの「善行貯金箱」が、俺が変われたきっかけで間違いないのだろう。そう、間違いないのだが……。


 ――果たしてそれを話してもいいのか? 非現実的な物の存在を、軽々しく口外してもいいのか?


 直感でしかないが、話してはいけない気がする。

 特に、まだ得体の知れないヤツらには。それがたとえ校長相手であっても、だ。


 そう思えてしまった俺は。


「そうですね……。まぁ言うなら、ウチの姉ですかね」


 とりあえず、その前置きを口にした。


「ほぉ、お姉さんですか」


「えぇまぁ。1ヶ月ほど前に姉に連れられて町内会の清掃活動に参加したんですよ。そんで回収したゴミを公民館前に持って行った時、近所の方に褒められたんです。その時、俺はもっと人の為に出来ることをしていこうと心に決めたんです。そうして自主的にゴミ拾いを始めたことで、商店街の会長さんに目を付けられて商店街で清掃することになり、偶然ひったくりを捕まえたって流れです。まぁ些細なきっかけですよ」


 よくもまぁ咄嗟に、こんな綺麗事のような嘘がベラベラと出てきたもんだ。自分でも不思議でしょうがない。

 まぁ姉がきっかけなのは本当なのだが。


 さて、そんな嘘と誠を織り交ぜた話に、校長はどんな反応をするのか。


 俺がジッとその顔を見つめると、校長は腹の前で両手を組みつつ、瞼を閉じながらうんうんと頷いた後、その口を開いた。


「そうだったのですか。それはまことに殊勝な心掛けですね、素晴らしいことです」


「ありがとうございます」


「ふふっ、これからも頑張ってください。あなた方の活躍、大いに期待してますよ」


 そう言い残して校長は、「それでは私は仕事がありますので」と、元来た階段の方へと歩いて行ってしまった。

 どうやら嘘だと疑わなかったらしい。きっと生徒のことは疑わない、見かけ通り優しい校長なのだろう。

 だが。


「……それにしてもあの校長、結局何しに来たんだ?」


「どうなんだろうね。まぁでも、本当に大和のことが気になっただけじゃないかな? 実を言うと僕もきっかけっていうのは気になっていたし」


 難波は俺の疑問に答えつつ、グッと背伸びをする。

 どうやら無意識のうちに口に出してしまったらしい。


「まぁそうだよなぁ。急に態度や性格が変わりゃあそりゃ気になるか……」


 俺は廊下の窓に近づき、外の景色を眺める。

 下校しようとしている生徒たちが、次から次へと校門を抜けて行くのが見える。


「それにしても意外だね」


 すると、難波はそんなことを言いながら俺の左横に並んできた。


「何がだ?」


「いやぁ、大和ってお姉さんいるんだね」


「あー、まぁな。あとさっきから大和って言うのやめろ。馴れ馴れしい」


「え、それじゃあそのお姉さんって、いくつなの? 大和君?」


「あ? それを聞いてどうすんだ? それと君付けやめろ、気持ちわりぃ」


「いえ、少しお姉さんのことが気になりましてね。やまP(ぴー)


「その呼び方はマズイ気がするからやめとけ」


 まったく、校長の真似をするわラインギリギリの呼び方をするわで、本当に恐ろしいヤツだ。

 それにしても人の姉が気になるとは、年上の女性が好みなのか難波(コイツ)は……。

 だとしたら、難波(コイツ)と姉さんはご対面させてはいけないのかもしれないな。


 そんな感じで、俺が謎の決心をした時だった。


「待たせたな」


 階段の方から聞き覚えのある女の声がした。

 声の主を確認すべく振り返ると、そこには手提げ鞄を左肩に掲げながら佇むショートヘアの少女――高坂がいた。


 右手にはプレート型のキーホルダーが付いた鍵を持っている。生徒会室の鍵のようだ。


「高坂先輩! お疲れ様です!」

「あぁ、お疲れ」


 先ほどの校長の時と同様、難波は勢いよく挨拶をした。

 一方の高坂は相変わらずクールな対応である。


 そして高坂は扉の前までやって来て、右手のものを鍵穴に差し込んだ。

 すると。


「ねぇ大和」


 と、難波が囁き声で耳打ちをしてきた。因みに呼び方については、もう面倒なので指摘しない。


「何だよ急に」

「高坂先輩って、なかなかいいと思わないかい?」


 難波の目つきが、何やら怪しげなものになっていく。


「いや、何が?」

「だってほら見てよ。顔はクールで美形だし、髪はサラサラだし、それでいてスタイルもいい。おまけに胸もなかなか――」


 その瞬間だった。

 なんと、俺の右手が難波(へんたい)の左頬に真っ直ぐ飛び、難波(へんたい)がその場に倒れ込んでしまったのだ。


 おかしいな。今朝、暴力を振るったことを後悔したばっかりのはずなのに。無意識のうちに手を出してしまうあたり、きっとまだまだ俺は未熟なのだろう。

 

「よし。お前たち開いたぞ……って、何をやっているんだ?」


「さぁ。コイツが急に顔を抑え始めたから俺は分からねぇ。きっと顔に蚊でも止まって、それを思いっきり引っ叩いてしまったんだろ」


「……そうなのか?」


 高坂は少し怪訝な表情を浮かべたが、そのまま生徒会室に入ってしまった。


「ふ、不良の本気って、なかなか痛いんだね……」


 難波は体をプルプルと震わせつつ、左頬を抑えながら立ち上がる。


「こんなもん本気じゃねぇよ。あとお前、次俺の前で変なことを口にしたら、この倍は力込めるからな?」


「ははっ、わ、分かったよ。だからその目付きと、握り拳は止めてくれないかな……?」


「……ったく」


 やはり、コイツに姉さんとご対面させるどころか、姉さんの情報は話すのは危険なようだ。

 

 貯金箱のことと言い、姉さんのことと言い、あまりプライベートなことは口外しない方が良さげなのだろう。


 そう心に決めつつ、俺は人生初の生徒会室に足を踏み入れるのだった。


★―★―★


「ふーむ、やはり私の()()()なのでしょうか……?」


 私は階段を(くだ)りつつ、そんな独り言を溢す。

 

 不良と呼ばれた問題児――御堂(みどう)大和(やまと)が、なぜ今になって改心したのか?

 その真意を探るべく、直接会って聞き出そうとした。しかしその返答は、何とも純粋で殊勝なものだった。


 ……だがそうなると、このようにも考えてしまう。


 ――そのような純粋な心を持っているのであれば、もっと早くに改心していたのではないか、と。


 だからこそ私は、彼が嘘を吐いたのではないかと思えて仕方がない。


 それでは何のために猫を被ったような答えを返したのだろうか? もしかすると、隠したいことがあったからだろうか?


 そうなるとやはり、()()()()()は無きにしも非ず、といったところであろう。


 立場上、生徒のことは信じてあげなければならないのだろうが――。


「……いずれにせよ、今後も彼の行動には注目すべきでしょうね」


 私は一人そう結論づけ、職員室前の扉を開けようとした――その時だった。

 

 扉が一人でに開いたかと思うと、中から一人の女子生徒が出てきた。右手にはどこかの教室の鍵を有している。


 すると、その生徒と目が合ったかと思えば。


「あぁ、こんにちは」


 と、その生徒は軽く会釈をし、そのまま私が来た方向へと去って行った。


 あれは確か、高坂という3年生だっただろうか?

 そういえば彼女も、去年のこの時期、突如として生徒会執行部に入部したことで教師たちを驚かせたと聞いている。

 

 2年生の6月というのは、何か不思議な力でも働くのだろうか?


 少年の真意に、同時期に重なった現象。

 次々に現れる疑問に、私は次第に懐かしい感情を思い出していった。


「ふふっ、これは研究のしがいがありそうですね」


 きっと正攻法では、彼は本当のことを口にしない。

 であればいろいろと試してみる必要があるのだろう。

 そう考えると私は楽しみで仕方がない。


 私は職員室には入らず、軽い足取りで自室へと踵を返すのだった。

お読みいただきありがとうございました。

さて今回は、私にしては珍しく少しソッチ系のネタが入った回でしたね。難波君は今後、変態キャラとして確立するのでしょうか?(笑)

そして、校長が考える「可能性」とは一体なんなのでしょうか……?

それでは次回もまたよろしくお願いします(→ω←)

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