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善行貯金箱  作者: 案内なび
入部編
17/42

17話 積み上げるもの

 ナマハゲ――。

 この高校には、そう呼ばれた教師がいる。


 その名も(いわお)(みつる)

 俺が所属する二年団の学年主任を務めており、生徒指導も兼ねている教師だ。


 字面だけ見ると僧侶や中華系の人物であるかのように思えるが、れっきとした日本人である。


 では、何故ナマハゲと呼ばれているのか?

 それは彼の容姿と性格に由来していた――。






 ある日の放課後、二人の男子生徒が教室の黒板に落書きをして楽しんでいた。

 一方で教室の後方では、一人の男子生徒が黙々と勉強をしていた。


 喧噪な前方に静寂な後方。

 教室という一つの空間に、二つの空気感が混じる。


 しかし、段々と騒ぎ声が大きくなるにつれ、静けさはどんどん掻き消されてしまう。


 そんな時、騒ぎ声を聞きつけてか、校内を巡回していた強面坊主頭の教師が、竹刀を引っ提げてその教室に入って来た。

 それがナマハゲだった。


 ナマハゲは悪ガキ二人を見つけるや否や、眉間に皺を寄せ、唸るような低い声で怒号を発した。


「お前らぁっ! 何やっとんじゃあぁっ!!」

「ひぃぃ! すっ、すいません。つい出来心でっ……!」


 怒られた男子生徒二人は反射的にその場に土下座し、何度もペコペコと頭を下げ始めた。


 そうしてナマハゲは、悪ガキ二人にみっちりとお説教を垂れた……だけだったら良かったのだが、ナマハゲの恐ろしさはそこではないのだ。

 というのも。


「そこのお前もだ! なぜ同じ教室に居たにも関わらず注意しなかった!? 廊下まで騒ぎ声が聞こえていたんだ。お前が気付かなかったはずはないだろう!」


 ナマハゲは、教室の後ろで勉強していた生徒にまで責任を問うたのだ。


 当然男子生徒は困惑していた。

 だが、先生には逆らえない性分だったのだろう。ソイツも座ったまま頭を下げてしまう。


 けれど、ナマハゲはそれだけに止まらず、三人に反省文を書かせるように指導したのである。


 ただ教室で居残り勉強をしていただけなのに連帯責任を負わされた男子生徒は、きっと堪ったもんじゃないだろう。


 その件以外にも、ナマハゲは連帯責任を負わせることが多かったため、その手厳しさと竹刀を持って練り歩く姿、頭髪を皮肉って「ナマハゲ」と呼ばれるようになったという。

 




 さて、そんな嫌われ者のナマハゲだが、どうやらソイツが生徒会執行部の顧問であるらしく、俺は頭を抱えていた。


 俺も過去に何度かナマハゲの指導を受けた事があるため、ソイツと直接ご対面しなければならないのは、なかなか億劫だ。


 けれど、たかが教師一人の所為で……況してや嫌いなヤツ一人の所為で決心を崩してしまうのは、俺のプライドが許さない。


 だからこそ俺は心を奮わせ、ナマハゲがいるであろう職員室の扉に手を掛けた。


「失礼します」


 扉を開けると、部屋の中央――二年団の席の一番端にナマハゲは座っていた。


 山県先生を含めた他の教師が横一列にズラッと座る中、ナマハゲの席だけはその端で縦向きに面しており、席の隣には使い古された竹刀が立て掛けられている。


 パソコンをカタカタと弄っているだけにも関わらず、威圧感が半端じゃない。


 だが、怖気付くワケにもいかない。


 俺は一息吐くと、山県先生に軽く会釈をしつつ、ナマハゲの前まで歩を進めた。


 そしてナマハゲの斜め前に立ち。


「な……巌先生、ちょっといいですか」

と、声を掛けた。


 すると、巌はキーボードを打つ手を止めたかと思うと、軽く溜め息を吐いて、こちらを見ることなく言葉を紡いだ。


「何の用だ」

「これを受け取っていただけませんか?」


 俺は両手で入部届を差し出す。薄らと紙端が滲んでいた。

 

 巌はジッと見つめていたパソコンから入部届に視線を移した。

 だが。


「断る」


 巌は再び視線をパソコンに戻すと、何事も無かったかのようにキーボードを叩き始めた。


 ただでさえ積もっていた嫌悪感が、より一層増幅していく。


「どうしてですか」

「単純な事だ。信用できない、それだけだ」


 ――チッ。

 巌の言葉に思わず、内心で舌打ちをしてしまう。

 

 分かっていた。

 厳格なナマハゲのことだから、俺みたいな不良野郎には簡単に入部を許してくれないだろうと。


 だが、いざ面と向かって断られてみると、やはり苛立ちが抑えられない。

 

「……じゃあ、どうしたら信用してくれますか?」


 左拳を握り締め、俺は問う。


 すると、巌はエンターキーを二回押して、ゆっくりと俺の方に体を向けた。ガタイのいい体格だ。

 

「……ハッキリ言わせてもらう。今までお前の事は学校もロクに来ない、暴力で問題解決を図る不良だと思っていた。だがつい先日、生徒会の部員とお前が商店街で窃盗犯を捕らえて警察から感謝状を貰ったと聞いて、私は大いに驚いた。お前が何故その場にいたのかは知らない。それでもお前を見直す機会にはなった。それだけではない。聞いた話によれば、お前は学校に来ない代わりに町のゴミ拾いを続けているときた。これを知って、私はお前に対する見方を変えるべきだと考えたものだ」


「じゃあどうして信用できないと言ったんですか? 俺が言うのもなんですが、俺に対する評価が変わったんじゃないんですか?」


「マイナスからゼロに戻った。それだけだ」


 ナマハゲの容赦ない言葉に、俺は唇を噛み締める。


 我ながら酷いものだと思う。ここまで人から信用を失っているとは知らず、これまで生きてきたのだから。


 あの時、暴力なんて手段に出なければ。

 あの時、きちんと学校に来ていれば。

 あの時、善行を積みながら生きていれば。


 人として大切なモノを失わずに済んだのかもしれない。

 況してや、母さんが出ていくことも――。


 ナマハゲの言葉で改めて事の重大さに気付かされるとは癪だが……それでも、俺がすべき行動は。


「……分かりました。信用がゼロなのは仕方ないです。俺が悪いので。……だったらこれから信用されるように行動すればいいだけです。約束しますよ、毎日授業を受けて、生徒会活動に参加して、テストも受けて、ゴミ拾いも継続すると。小さなことだし当たり前のことばかりかもしれませんが、コツコツと積み重ねて、いずれ大きな信用を得られるようにしますよ」


 姉さんが言っていた()()()()の精神、それを信じて善行も信用も積んでいく。

 それがきっと、今の俺に出来る行動なのだろう。


「……嘘ではないな?」

「えぇ」

「覚悟はあるんだな?」

「えぇ」

「……そうか、分かった」


 そう口にすると、ナマハゲは一つ息を溢し。


「それを受け取ろう」

と、左手を差し出してきた。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 俺は再び入部届を差し出す。

 ナマハゲも確かにそれを掴んだ――その瞬間だった。

 

「その代わり」

と、ナマハゲは口にして。


「次の期末試験、全ての教科で相応の点数を取ってこい。それが出来なければ、強制的に退部とする」


 入部届を掴んだまま、そんな条件を突きつけてきた。

 

「はっ?」

「お前が言ったはずだ、『小さな信用を積み重ねて、いずれ大きな信用を得る』と。だったら行動で示してみろ。これはその最初の一歩だ。それが出来ないと言うなら、これは受け取らない」


 なるほど、どうやらナマハゲは俺を試すつもりらしい。

 ただ生憎と俺は勉強が得意ではない。故に「相応の点数」次第では何とかなりそうだが……。


「分かりました。因みに相応の点数とはどのくらいですか?」

「全て90点以上だ」

「はっ?」

「……と言いたいところだが、少しは大目に見てやる。85点以上取ってこい」


 いや、それでもキツい。だいぶキツい。

 最後に受けた試験は昨年度だったが、その時は殆どが赤点だった。

 そんな俺に、全教科で85点以上を取れと?

 余りにも過酷なことであるのは明白だ。


 ……だが、俺から約束した以上は、それを果たさなければならない。

 あの厳しいナマハゲも多少は譲歩してくれているのだ。


 だったら。


「あぁ、分かりましたよ。やってみせますよ……!」


 職員室のど真ん中、俺は両手の指に力を込めつつ、そんな宣言をした。


 周りからは()()()()のクスクスと嘲笑う声が聞こえてきたが、()()の笑い声は聞こえてこなかった。


 そして、ナマハゲは軽く頷くと、左手の紙を机の上に置いて。


「……承知した。それでは今日の放課後から参加しなさい。場所は生徒会室だ。毎週水曜日以外は活動があるから、16時10分までに生徒会室に集合するように」


「巌」と書かれた判を()したのだった。


★―★―★


 かくして俺は、条件付きではあるが、生徒会執行部に入部することが出来た。


 そしてその日、俺は約束通り授業にも出席した。

 当然周りのヤツらや教師からの視線が集まったが、そんなことは気にせず、至って普通に授業を聞いて過ごした。


 その時、改めて認識ものだ。俺は勉強が苦手なんだなと。

 というよりも、授業に出席していなかったために、内容に追いつけていないというのが正しいのかもしれない。

 

 果たして、本当に全教科で85点以上取れるのだろうか?

 そんな不安を抱えつつも時は流れ、やがて放課後になった。


 俺はペアワーク大好き野郎に案内されながら、生徒会室へと向かっていた。


「今更だがお前、名前なんていうんだ?」


「ははっ、本当に今更だね。僕の名前は難波(なんば)好人(よしと)。君と同じ()()で始まり、()で終わるんだ」


「変なアピールすんな。気持ちわりぃ」


「まぁまぁ、そう言わないで。これから同じ部活仲間になるんだから、ね」


 うぜぇ。なんか分からねぇけどうぜぇ。

 今朝初めて話したばかりにも関わらず、距離感が近い。

 はっきり言って、俺が嫌いなタイプである。


 ただ、現状頼れそうな生徒会メンツが同じクラスのコイツしか分からないため、完全に無視することは出来ない。

 

 まったく面倒なヤツに絡まれたものだ。


「はいはい、分かったよ……っと、ここか?」


 もうすぐ反対側の階段まで着こうかという所まで廊下を歩いていると、カーテンで全ての窓が閉められている一室の前まで辿り着いた。


 三階の端部屋――職員室の真上に該当する一室である。

 階段の扉の上部に付いているプレートには、「生徒会室」と黒く書かれている。


 ここで間違いなさそうだ。


「それじゃあここでお話でもして待とうか」

と、難波は足を突き出すように壁にもたれ掛かり、右足を左足の前で組んだ。


「お前に話すことなんてねぇよ」


 俺も同様に少しだけ壁にもたれ掛かる――その時だった。


「君、少しいいですかな?」


 階段側から、誰かを呼ぶ声が聞こえた。

 

「誰だ?」


 俺と難波はとっさに階段の方を振り向く。

 すると、そこにいたのは――。


 にこやかな表情を浮かべてこちらを見つめる、スーツ姿のおじさんだった。

お読みいただきありがとうございました。

遂に生徒会執行部に入部した大和君。しかし、期末試験で85点以上を取らなければ退部に……。いけるか、大和君!?

そして、新たに難波君とナマハゲ先生(?)、そしてスーツ姿のおじさん。どんどんキャラが増えてきましたね。一応この辺で主要キャラは出揃ったと思いますが、まだまだ増えるかもしれませんね。そこは大和君たちの今後次第です。

それでは次回もまたよろしくお願いします(→ω←)

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