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善行貯金箱  作者: 案内なび
入部編
16/42

16話 入部届の行き先

 それからまた、日が昇り始めた。

 リビングの壁掛け時計は午前7時過ぎを示し、部屋のレースカーテンは和らいだ朝日を家の中に誘い込んでいる。


 そんな中、俺はリビングのソファに座りながら机に向かい、とある書類にボールペンを走らせていた。


 隣では姉さんがにこやかな笑みを浮かべながら、俺の手の動きを見つめている。どうやら今日の大学の講義は午後かららしく、加えてバイトのシフトも入っていないため、こうやって態々(わざわざ)朝早くから俺に構っている(?)そうだ。


 ――寝てても良かったんだぞ? 姉さん。


 内心でそんなツッコミを入れつつも、やがて俺はボールペンをカチッと鳴らして机に置く。そして、〈御堂〉の名が彫られた印鑑を押した。


「……ふぅ、これで出来たな」

「どれどれー?」


 すると姉さんは前屈みとなり、僅かに腰を浮かせながら、書類にグッと顔を近づけた。

 肩下まで伸びた長い髪が、俺の前で僅かに揺れている。

 そして。


「うん、間違いは無し。あとはコレを提出するだけだねー」


 そう口にすると、姉さんはまたソファに腰を落ち着かせた。


 どうやら誤字脱字がないか確認してくれたらしい。俺から頼まなくても態々確認してくれるあたり、本当にお人好しだ。


「だな」


 俺は短く相槌を打ち、完成した書類を両手で取って、まじまじとそれを見つめた。


―――――――――――――――――――――――――――

                    令和2年6月9日

            入部届


 生徒会執行 部顧問殿


 私は 生徒会執行 部への入部を希望いたします。また、入部した際には部の規則に従い、日々の活動に努める事を誓います。


 学年 2 年 1 組 30 番

 氏名 御堂大和  (判)

 

―――――――――――――――――――――――――――


 実を言うと、この入部届は昨日山県先生から急いで受け取ったものだ。


 元々は()()()を受け取るために放課後、山県先生の元を訪ねたのだが、何故か学校の裏庭にある小屋で雑談をするという流れになっていた。


 それも、下校時間の音楽が流れ始めるまで夢中になって雑談をし、本題が頭から抜け落ちてしまう程には。


 それ故に、当の音楽が流れたことに気付くや否や、慌てて山県先生に本題を話し、急いでコイツを準備してもらった……というワケなのだ。


 本当に、二人して何をやっていたんだろうか……。

 そう思ってしまうほどには滑稽な話である。


 だが、結果的に入手できたのだから、もうそんなことはどうでもいい。


「よし、それじゃあ準備でもするか」


 俺はソファから立ち上がり、自分のリュックサックの中からファイルを取り出す。透明で柄のない、シンプルなクリアファイルだ。それに書類を挟み、再びリュックサックに入れると。


「よし、それじゃあ私も準備しなきゃね」


 と、何故か姉さんもソファから立ち上がると、長い髪を後ろで束ね始めた。


「ん? 大学はまだなんじゃねぇのか?」


「違う違う。朝ご飯を作るんだよ。大和、まだ食べてないでしょ? 今日から入部するんだから、そのお祝いとして張り切っちゃうよー!」


「いや、別にそこまでしなくても」


「まぁまぁそう言わず、大和は他の準備でもして待ってなさい?」


 そう言って姉さんはエプロンを装着し、キッチンの冷蔵庫を漁り始めてしまった。


 ――せっかくの好意だしな、甘えることにしよう。

 そう思い、俺は他の準備を済ませて姉さんの料理を待つのだった。


 やがて出された甘い卵焼きと甘い野菜炒めを堪能し、歯磨きと着替えも済ませた俺は。


「それじゃあ行ってくる」

「いってらっしゃい。頑張ってね!」


 左肩にリュックサックを掛けると、いつもとは反対の台詞(せりふ)を口にしながら玄関を出た。


 この時間から外に出ることはあまりないから、どこか新鮮な気持ちだ。

 

 青空が広がる中、学校までの道のりには幾つかの小さな雲が浮かんでいた。


★―★―★


 登校中、俺の頭には一つの疑問が浮かんでいた。

 というのは。


「そう言えばアレ、誰に提出すればいいんだ?」


 そう、提出先が分からないのだ。

 生徒会執行部の顧問であることは間違いないのだが、その顧問を誰が務めているのか、検討もつかない。


「……なんで昨日、山県先生に聞かなかったんだろな」


 当たり前のことに、なぜ気が付かなかったのか。

 思わず昨日までの自分の行動を悔やんだが。


「……まぁ、アイツらに聞けば分かるか」


 そう考えた俺は気を取り直し、歩みを続けた。




 やがて学校に着いた俺は、2週間振りに――こんな朝からであれば約1ヶ月半振りに、自分の教室の扉に手を掛けた。

 

 そして扉を開けると、そこには既に一人の男子生徒が居た。教室の壁掛け時計は、まだ8時前を示している。


 授業開始までまだ40分以上あるというのに、ご苦労なヤツである。まぁ、かく言う俺も今日はその一人なのだが。


 そんなことを思いつつ、俺は後ろの方にある自分の席へ荷物を置き、椅子に腰を落ち着かせた。

 その時だった。


「あ、きみきみー。そこ、違う人の席だよ?」


 と、俺に話しかけてくる男がいた。

 さっきまで一人でいたヤツだ。

 身長は俺と同じ170センチメートルくらいはあり、スラっとした細身の体型だ。そしてクリっとした丸い目が特徴的で、肌は少し色黒である。偏見だが、運動部に所属していそうな見た目だ。


「あっ、そうなのか?」


「そうなんだよね。まぁでも君、滅多に学校に来ないもんね。席替えしたなんて知らなくてもしょうがないよ」


 そうだったのか。まぁコイツの言う通り、こればかりは学校(ここ)に来ない俺が悪いわな。


「あぁ、(わり)ぃな。ついでに俺の席、教えてくれねぇか?」


「勿論だよ」


「すまねぇ、助かる」


 と俺が席を立とうとしたその時だった。


「その代わり」


 そう言うと、ソイツは俺の耳元で妙なことを囁いてきた。


「どうして君があの場に居たのか、教えてくれるかい?」


「……あの場って、何処のことだ?」


「忘れたのかい? 僕の顔を」


「は? お前、さっきから何を言って」


 と、俺がソイツから距離を取り、ソイツの顔を直視した瞬間だった。


 俺の脳裏に一つの光景が(よぎ)る。

 逸見(へんみ)組長が経営するカフェ――生徒会執行部が商店街の清掃活動を手伝う時に集合場所にしていた場所だ。


 あの場に居た生徒は、俺を含めて8人。

 組長の判断によって、活動グループを二つに分けられたのだが、うち一つは浦上、小牧、高坂、俺の4人だった。


 そして、もう一つのグループは――。


「気付いてくれたかな?」

「あぁ」


 ソイツの問いに、俺は短く相槌を打つ。

 これで、俺の悩みが解決するかもしれない。


「お前、生徒会執行部のヤツだったんだな」


「おぉ。覚えてくれていたんだね」


「あの時ほとんど関わりはなかったけどな」


「ははっ、それはそうだね。あっ、ここが君の席だよ」

 

 そう言って、ソイツが指さしたのは。


「お前の隣かよ」


「いいじゃないか。それに、席替えしてから僕はペアワークの時、だいたい一人か他のペアに交ぜてもらっていて大変だったんだ。だから今日は楽しみにしてるんだよ?」


「ペアワークを楽しみにしてんのかお前。変わってんな」


「ははっ、それは君もじゃない? 感謝状を貰った不良さん?」


 ソイツは真ん丸な目を少し閉じるようにして、俺をジッ見つめてきた。


 地方紙で報道されていたため、事件のことを知っているヤツがいるのは分かっているが……何故だろう。コイツの態度、どこか気に食わない。


「……まぁいい。それよりもお前、生徒会執行部の部員なんだよな?」


「あぁ、そうだね」


「それじゃあ一つ、尋ねてもいいか?」


 俺がそう問うと、ソイツはにこやかに笑い。


「なんでもどうぞ」


「それじゃあ教えてくれ。お前んとこの顧問は誰なんだ?」


「君はよくお世話になっていたんじゃないかな?」


 そう前置きをすると、ソイツは顧問の名前を口にした。


()()()()だよ」


「……チッ」


 その名前を聞いた途端、俺は思わず舌打ちをしてしまう。

 アイツが顧問だなんて、今後上手くやっていけるか不安で仕方がない。むしろ、常にイライラしてしまうかもしれない。そう思ってしまう程には嫌な教師だ。


 しかし、ナマハゲ一人の所為で入部を諦める――善行を積むチャンスを減らすのは、俺のプライドが許さない。


 だからこそ俺は。


「ありがとうなお前。ちょっと用事があるから行ってくるわ」


 と、ソイツに感謝を伝えると、クリアファイルから入部届を取り出し、教室を後にしたのだった。

お読みいただきありがとうございました。

今回は文章で入部届を表現するという試みをしたのですが、いかがだったでしょうか? こういう文字や記号だけで別のモノを表現するのって楽しいですね。

それはそうと、今回は別の作品でも出てきた要素をこっそり入れてみたんですが、気づいた方はいらっしゃいますかね?

もし気づいたら、一言コメントしてくださると嬉しいです(笑)。

それと、活動報告にも記載しましたが、来週(5/11 土)の定期更新はお休みします。ご了承ください。

それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)

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