15話 立派なこと
「……生徒会執行部?」
「あぁ」
俺が首肯すると、姉さんは一瞬不思議そうな顔をした。だが、何を思ったのだろうか、途端に顔をニヤつかせ始めた。
こういう顔の時の姉さんは、大抵良からぬ事を考えている。一体何を言い出すつもりなのか。俺が警戒していると。
「ははぁーん。さては、凪沙ちゃんだな?」
――予感的中。やはり、良からぬ想像を口にしてきた。
だが、いつもは的外れなことを言うくせに、今回ばかりは完全に的外れではないのは驚きだ。
「部分的にはそうだな」
「え? そうなの?」
姉さんは、意外だと言わんばかりに目を丸くする。
「あぁ。実を言うと、姉さんが帰ってくる前に浦上たちが来てたんだよ」
「ほぉ」
「そんで、俺さえ良かったら生徒会執行部に入らないか? って言われたんだ。考えとくとだけ伝えて浦上たちには帰ってもらったんだが……結局、あれこれ悩んで結論は出ず、今に至るって感じだ」
「……なるほどね」
俺が事情を説明すると、今度は姉さんが右手でコップを持ち上げ、中身をグイッと飲み干した。そして、コップを机の上に戻すと、フッと息を漏らして。
「いいじゃんいいじゃん! 入りなよ、生徒会!」
親指を上に立て、思いっきり笑みを浮かべた。
姉さんの純粋な明るさ、そして励ましの言葉とても嬉しく、いつもは元気を貰える。
だが。
「あぁ、俺もそうしたい気持ちはあるが、考えてもみてほしい。不良と呼ばれた男がいきなり生徒会に入ってきたらどう思う?」
俺は箸で豆腐ハンバーグを切り分けていく。
一方で姉さんは眉を顰めると、顎に手をやり。
「どうって、うーん、そうね……そりゃあ多少驚きはするかもしれないけど、あっコイツにはちゃんと目的があるんだな! へー偉いじゃん! って思うかな」
人差し指で顎をトントンと叩いた。
……そうだった。ウチの姉さんお人好しだから、物事を良い方に考えがちだったんだ。まぁ、それが姉さんの長所ではあるのだが。
「姉さんはそう思うんだろうけど、大抵のヤツはそんな風には思わねぇ。大方、何しに来たんだと不快感を持ったり、怪訝に思ったりするもんだ。浦上のように受け入れる、なんなら誘ってくるヤツなんざ少数派なワケで、殆どのヤツは俺を煙たがるはずだ」
「……それで入部しようかどうしようか悩んでる、ってこと?」
「まぁ、そういうことだな」
悩みを全てを話し終え、一口サイズに切り分けた豆腐ハンバーグを口に運ぶ。柔らかな食感に、どこか安心してしまう。
すると、姉さんは軽く何度か頷いて。
「……そっか。大和は優しいもんね。ちゃんと周りの人の気持ちも考えられるんだから」
「なんだよ急に」
「だって、自分が相手の立場だったらどうかって、ちゃんと考えた上で悩んでいるんでしょ? それって立派なことだよ。それに、そういう風に考えられるなら、生徒会に入っても上手くいくと思うな、私は」
そう言うと、姉さんは、お茶の入ったボトルのフタをカチッと開けた。
「だからさ、自分に自信を持ってやってみなよ。不良だなんてもう言わせねぇよ、俺がお前らを超えてやるぜ! ってくらいの意気でさ」
そして、俺のコップにお茶を注いでくれ、次いで自分の分にも注いだ。透明なコップの中で、澄んだ茶色をした液体が、緩やかに波打っている。
「……なんか、ありがとな。相談に乗ってもらった上に、励ましてもらって」
「いいってことよ〜。なんてったって、私は大和のお姉さんなんだからね! 弟の悩み事の一つや二つ、相談に乗ってあげるのが、完璧で究極のお姉様ってもんよ!」
「ははっ、そりゃどうも」
俺はコップを受け取り、それを口に含もうとした。
すると。
「ストーップ。せっかくなら乾杯しよ?」
姉さんはまた頓珍漢なことを言い始めた。
普段なら適当に遇らうところだが、不思議とそんな気分になれなかった今日は。
「よく分かんねぇことを言う姉だな」
と、一度手を下げて、姉さんの前に突き出した。
「そんな姉に励ましてもらったのは、どこのどいつだっけ?」
姉さんもまたニヤリと笑いながら、その手を突き出す。
そして、そのまま。
「それじゃあ、大和が生徒会で頑張れるように、乾杯!」
姉さんの音頭に合わせ、カラン、と互いの容器を突き合わせたのだった。
★―★―★
それから月曜日の放課後。
俺は校舎の階段を登り、とある一室を目指していた。
すれ違う生徒はみな、揃いも揃って同じような目を向けてくる。だが、そんなことはどうでもいい。俺が構うべき相手ではないのだから。
程なくして、その教室の前に辿り着いた。
普段なら感じないような緊張感が、胸の内でジワっと広がる。
息を一つ吐くと、俺はその扉に手を掛けて――。
「失礼します」
その掛け声と同時に、室内にいたヤツら――教師どもが一斉にこちらを見つめた。
すれ違い様の生徒たちと同様、みな同じように顔を顰めている。ただ一人、愉しげな笑みを浮かべながら、椅子をこちらに向けて座るソイツを除いて。
教師どもが眼差しを送る中、俺はその先生の元へ歩を進め、その目の前に立った。
そうして、また一つ息を吐くと、その言葉を紡いだ。
「山県先生、話があります」
俺の言葉に、山県先生は。
「おう、分かった。それじゃあついて来い」
二つ返事で了承すると、椅子から立ち上がり、俺に手招きをした。
どこへ連れて行かれるのかは分からないが、俺はただ。
「ありがとうございます」
その一言だけを伝え、職員室を後にした。
やがて、山県先生に連れて来られたのは――。
「なんでここなんですか?」
裏庭にある、小屋のような建物だった。
小屋内に設置された木製の長椅子は、何かの物質でコーティングされており、ささくれ等を警戒する必要はない。むしろ、座り心地も触り心地も良く、木材特有の仄かな香りが室内を包んでいる。
そんな居心地の良さ故に、昼休みにはよく色々な生徒がここで昼食を取っているのだが、今は放課後であるからか、利用しているヤツはいなかった。
先生は小屋の窓を半分開けると、ゆっくりと椅子に腰を落ち着かせる。
この近くはもう学校の敷地外であるため、外からは部活動に励むヤツらの掛け声が響き渡ってきた。
そんな中、山県先生は膝の上に肘を突き、さらにその掌の上に顎を乗せ、目を閉じている。
何処となく、ロダンの『考える人』に見えなくもない。
「ここにした理由か? 俺のお気に入りの場所だからだ」
「そうですか。俺は別に職員室でも良かったんですが。なんなら、その方が山県先生にも都合が良かったと思うんですが」
きっと山県先生は、周りの教師や生徒からの目線に配慮して、この場所を選んでくれたのだろう。
だが、俺が先生に頼みたい内容は、むしろ職員室での方がすぐに解決するようなもの――入部届を担任から貰うというもねなのだ。
だからこそ俺は、山県先生にそんなことを言ったのだが。
「まぁいいじゃねーか、御堂。ちょっと仕事に疲れたんだ。俺の話相手にでもなってくれよ」
山県先生は先程の体勢を崩し、両手を合わせて頭を下げてきた。
「なんでそっちの方からお願いするんすか」
「ほら、この通りだ」
俺は戸惑いを見せるが、山県先生尚もまだ頭を下げてくる。なんなら、両手を擦り合わせている。
何故そこまでして頼んでくるのか、ワケが分からない。
けれど、俺に気を遣わせないように、そんな態度を取っているのだろう。
『相手のことをきちんと考えられるなんて、立派だよ』
姉さんの言葉。あれは本当だったのかもしれない。
そう思った俺は、ただ一人の先生に対して。
「……分かりました。けど、後で俺の話も聞いてくださいよ? 頼み事があって来たんですから」
そんな言葉を返した。
「ははっ、悪いな御堂。それじゃあ何から話そうかなー。あっ、そうだ。御堂、警察から感謝状を貰ったんだってな! 良かったらその話、詳しく聞かせてくれないか?」
それからの山県先生は、心から俺との会話を楽しむかのように、色々な表情を見せた。
俺の話ばかりだったが、それでも話を聞いては良いリアクションをしてくれるので、俺も思わず盛り上がってしまった。
いつしか、一日最後のチャイムが鳴り、下校の音楽が流れるその時まで、小屋の中で飛び交う笑い声は耐えなかった。
お読みいただきありがとうございました。
相手の気持ちを思う事、相手の立場になって考える事、簡単なようで意外と難しいですよね。
それと、今週は定期更新日である土曜日に投稿できず、申し訳ありませんでした。来週からは間に合わせるようにします……。
それでは次回もまたよろしくお願いします(→ω←)




