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善行貯金箱  作者: 案内なび
入部編
15/42

15話 立派なこと

「……生徒会執行部?」


「あぁ」


 俺が首肯すると、姉さんは一瞬不思議そうな顔をした。だが、何を思ったのだろうか、途端に顔をニヤつかせ始めた。


 こういう顔の時の姉さんは、大抵良からぬ事を考えている。一体何を言い出すつもりなのか。俺が警戒していると。


「ははぁーん。さては、凪沙ちゃんだな?」


 ――予感的中。やはり、良からぬ想像を口にしてきた。

 だが、いつもは的外れなことを言うくせに、今回ばかりは完全に的外れではないのは驚きだ。


「部分的にはそうだな」

「え? そうなの?」


 姉さんは、意外だと言わんばかりに目を丸くする。


「あぁ。実を言うと、姉さんが帰ってくる前に浦上たちが来てたんだよ」


「ほぉ」


「そんで、俺さえ良かったら生徒会執行部に入らないか? って言われたんだ。考えとくとだけ伝えて浦上たちには帰ってもらったんだが……結局、あれこれ悩んで結論は出ず、今に至るって感じだ」


「……なるほどね」


 俺が事情を説明すると、今度は姉さんが右手でコップを持ち上げ、中身をグイッと飲み干した。そして、コップを机の上に戻すと、フッと息を漏らして。


「いいじゃんいいじゃん! 入りなよ、生徒会!」


 親指を上に立て、思いっきり笑みを浮かべた。

 姉さんの純粋な明るさ、そして励ましの言葉とても嬉しく、いつもは元気を貰える。

 だが。


「あぁ、俺もそうしたい気持ちはあるが、考えてもみてほしい。不良と呼ばれた男がいきなり生徒会に入ってきたらどう思う?」


 俺は箸で豆腐ハンバーグを切り分けていく。

 一方で姉さんは眉を顰めると、顎に手をやり。


「どうって、うーん、そうね……そりゃあ多少驚きはするかもしれないけど、あっコイツにはちゃんと目的があるんだな! へー偉いじゃん! って思うかな」


 人差し指で顎をトントンと叩いた。

 ……そうだった。ウチの姉さんお人好しだから、物事を良い方に考えがちだったんだ。まぁ、それが姉さんの長所ではあるのだが。


「姉さんはそう思うんだろうけど、大抵のヤツはそんな風には思わねぇ。大方、何しに来たんだと不快感を持ったり、怪訝に思ったりするもんだ。浦上のように受け入れる、なんなら誘ってくるヤツなんざ少数派なワケで、殆どのヤツは俺を煙たがるはずだ」


「……それで入部しようかどうしようか悩んでる、ってこと?」


「まぁ、そういうことだな」


 悩みを全てを話し終え、一口サイズに切り分けた豆腐ハンバーグを口に運ぶ。柔らかな食感に、どこか安心してしまう。

 すると、姉さんは軽く何度か頷いて。


「……そっか。大和は優しいもんね。ちゃんと周りの人の気持ちも考えられるんだから」


「なんだよ急に」


「だって、自分が相手の立場だったらどうかって、ちゃんと考えた上で悩んでいるんでしょ? それって立派なことだよ。それに、そういう風に考えられるなら、生徒会に入っても上手くいくと思うな、私は」


 そう言うと、姉さんは、お茶の入ったボトルのフタをカチッと開けた。

 

「だからさ、自分に自信を持ってやってみなよ。不良だなんてもう言わせねぇよ、俺がお前らを超えてやるぜ! ってくらいの意気でさ」

 

 そして、俺のコップにお茶を注いでくれ、次いで自分の分にも注いだ。透明なコップの中で、澄んだ茶色をした液体が、緩やかに波打っている。


「……なんか、ありがとな。相談に乗ってもらった上に、励ましてもらって」


「いいってことよ〜。なんてったって、私は大和のお姉さんなんだからね! 弟の悩み事の一つや二つ、相談に乗ってあげるのが、完璧で究極のお姉様ってもんよ!」


「ははっ、そりゃどうも」


 俺はコップを受け取り、それを口に含もうとした。

 すると。


「ストーップ。せっかくなら乾杯しよ?」


 姉さんはまた頓珍漢なことを言い始めた。

 普段なら適当に(あし)らうところだが、不思議とそんな気分になれなかった今日は。


「よく分かんねぇことを言う姉だな」


 と、一度手を下げて、姉さんの前に突き出した。


「そんな姉に励ましてもらったのは、どこのどいつだっけ?」


 姉さんもまたニヤリと笑いながら、その手を突き出す。

 そして、そのまま。


「それじゃあ、大和が生徒会で頑張れるように、乾杯!」


 姉さんの音頭に合わせ、カラン、と互いの容器を突き合わせたのだった。

 

★―★―★


 それから月曜日の放課後。

 俺は校舎の階段を登り、とある一室を目指していた。


 すれ違う生徒はみな、揃いも揃って同じような目を向けてくる。だが、そんなことはどうでもいい。俺が構うべき相手ではないのだから。


 程なくして、その教室の前に辿り着いた。

 普段なら感じないような緊張感が、胸の内でジワっと広がる。

 息を一つ吐くと、俺はその扉に手を掛けて――。


「失礼します」


 その掛け声と同時に、室内にいたヤツら――教師どもが一斉にこちらを見つめた。


 すれ違い様の生徒たちと同様、みな同じように顔を顰めている。ただ一人、愉しげな笑みを浮かべながら、椅子をこちらに向けて座るソイツを除いて。


 教師どもが眼差しを送る中、俺はその先生の元へ歩を進め、その目の前に立った。

 そうして、また一つ息を吐くと、その言葉を紡いだ。


「山県先生、話があります」


 俺の言葉に、山県先生は。

 

「おう、分かった。それじゃあついて来い」


 二つ返事で了承すると、椅子から立ち上がり、俺に手招きをした。

 どこへ連れて行かれるのかは分からないが、俺はただ。


「ありがとうございます」


 その一言だけを伝え、職員室を後にした。




 やがて、山県先生に連れて来られたのは――。


「なんでここなんですか?」


 裏庭にある、小屋のような建物だった。

 小屋内に設置された木製の長椅子は、何かの物質でコーティングされており、ささくれ等を警戒する必要はない。むしろ、座り心地も触り心地も良く、木材特有の(ほの)かな香りが室内を包んでいる。


 そんな居心地の良さ故に、昼休みにはよく色々な生徒がここで昼食を取っているのだが、今は放課後であるからか、利用しているヤツはいなかった。


 先生は小屋の窓を半分開けると、ゆっくりと椅子に腰を落ち着かせる。

 この近くはもう学校の敷地外であるため、外からは部活動に励むヤツらの掛け声が響き渡ってきた。


 そんな中、山県先生は膝の上に肘を突き、さらにその掌の上に顎を乗せ、目を閉じている。

 何処となく、ロダンの『考える人』に見えなくもない。


「ここにした理由か? 俺のお気に入りの場所だからだ」


「そうですか。俺は別に職員室でも良かったんですが。なんなら、その方が山県先生にも都合が良かったと思うんですが」


 きっと山県先生は、周りの教師や生徒からの目線に配慮して、この場所を選んでくれたのだろう。

 だが、俺が先生に頼みたい内容は、むしろ職員室での方がすぐに解決するようなもの――入部届を担任から貰うというもねなのだ。

 だからこそ俺は、山県先生にそんなことを言ったのだが。


「まぁいいじゃねーか、御堂。ちょっと仕事に疲れたんだ。俺の話相手にでもなってくれよ」


 山県先生は先程の体勢を崩し、両手を合わせて頭を下げてきた。


「なんでそっちの方からお願いするんすか」


「ほら、この通りだ」


 俺は戸惑いを見せるが、山県先生尚もまだ頭を下げてくる。なんなら、両手を擦り合わせている。

 何故そこまでして頼んでくるのか、ワケが分からない。

 けれど、俺に気を遣わせないように、そんな態度を取っているのだろう。

  

『相手のことをきちんと考えられるなんて、立派だよ』


 姉さんの言葉。あれは本当だったのかもしれない。

 そう思った俺は、ただ一人の()()に対して。


「……分かりました。けど、後で俺の話も聞いてくださいよ? 頼み事があって来たんですから」


 そんな言葉を返した。


「ははっ、悪いな御堂。それじゃあ何から話そうかなー。あっ、そうだ。御堂、警察から感謝状を貰ったんだってな! 良かったらその話、詳しく聞かせてくれないか?」


 それからの山県先生は、心から俺との会話を楽しむかのように、色々な表情を見せた。


 俺の話ばかりだったが、それでも話を聞いては良いリアクションをしてくれるので、俺も思わず盛り上がってしまった。


 いつしか、一日最後のチャイムが鳴り、下校の音楽が流れるその時まで、小屋の中で飛び交う笑い声は耐えなかった。

お読みいただきありがとうございました。

相手の気持ちを思う事、相手の立場になって考える事、簡単なようで意外と難しいですよね。

それと、今週は定期更新日である土曜日に投稿できず、申し訳ありませんでした。来週からは間に合わせるようにします……。

それでは次回もまたよろしくお願いします(→ω←)

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