14話 苦悩
「どうしたもんかねぇ……」
俺はソファに寝転がり、天井を仰ぎながらほうっとため息を吐く。この言葉を口にしたのは今日で二度目だ。
休まる体に相反し、俺の脳内では様々な思考が忙しく駆け巡っていた。
『御堂君さえ良ければなんですが……私たちの生徒会執行部に入部しませんか?』
浦上の言葉がまた脳裏を過る。
俺としては、入部すること自体は嫌ではない。むしろ、善行を積む機会に恵まれやすい(かもしれない)生徒会執行部は、俺にとっても都合の良い組織だろう。
だが、そこに所属しているヤツらのことを考えると、どうしても気が引けてしまう。
不良が自分の所属する部活に入部してくる。そんな話、不思議であり、怪訝であり、不安であり、そして不快であろう。ましてや、それが生徒会執行部だと尚更だ。
当然、部員のヤツらは俺と関わりたくないだろうし、俺もそんな空気感の中で活動するのは抵抗がある。
そんな葛藤が生じた故に、俺は浦上たちに「考えとく」とだけ伝え、浦上たらにはとりあえず帰ってもらったのだが――。
「……マジでどうすべきなんだよ」
それから1時間経過しても未だに結論は出なかった。
俺は身体を起こし、机の上でそっぽを向くように佇んでいる貯金箱を右手で取る。ガシャっと重厚感のある金属音が響いた。
「お前が相談に乗ってくれればなぁ。辛口でもいいから」
ソイツを見つめながら、そんな独り言を呟いた――その時だった。
俺の左側にあるドアが、ガチャリと音を立てたと思うと。
「ただいま戻りましたー! 陛下!」
ドアを思い切り開け放ちながら、うるさいヤツが入ってきた。
「……あぁ姉さん、お帰り」
俺が適当に返事をすると、姉さんは一瞬静かになったが、再びテンションを戻したようで。
「ねぇ聞いてくださいよ陛下!」
「なんだよ騒がしいな」
姉さんはマイバッグを肩から下ろすことなく、興奮した様子で俺に話しかけてくる。何か嬉しいことでもあったのだろうか、いつもよりテンションが高い。
というか誰が陛下だよ。
俺が内心でツッコむと、姉さんは興奮しているワケを話し始めた。
「実は、家に帰ってる途中でナンパされたんですよ!」
「…………はい?」
「しかも相手は高校生! 私今までナンパなんてされたことなかったからさぁ、めっちゃ嬉しかったんですよ!」
「はぁ」
「それでね、嬉しかったのは嬉しかったけど、やっぱり相手は見ず知らずの人じゃん? それも高校生だし。しかも今まで私ナンパされたことなかったし。だから、冗談半分かなって思って大人らしくキッパリ断ったの」
「へー、どんな感じで?」
俺は右手に持っていた貯金箱を左手に持ち替えながら尋ねる。
「んーっと、確かこんな感じ。『ごめんな、少年。私をナンパするとは見る目があるようだけど、君にはまだまだ高嶺の花だろうから、今回は諦めて帰りな』って。少年には申し訳ないけど、クールに決めさせてもらったよ。いやぁこうやって格好良くナンパを断るの、一回やってみたかったんだよねー!」
――何をやっているんだウチの姉は。
キッパリ断るつもりが、むしろ相手に期待を含ませてしまっていないか? しかも、もしかしたらソイツは、自分磨きに励んだ後にまた来てしまうのでは?
いや、相手は高校生にも関わらずナンパをするようなヤツだから、自分自身を高めるように言ったのは案外正解だったのかもしれない。
ただ、俺の前で満足気な表情を浮かべている本人は、そんなことを言ったつもりはさらさら無く、ただ格好をつけたかっただけらしいが。
「そうか。そりゃよかったな。けどまぁなんというか、どっちもどっちな話だよな」
そう言って、俺は左手に持っていた貯金箱をまた右手に戻した。
「え、それってどういう意味?」
「世の中には変わったヤツが多いってことだよ」
「ちょっ、それどういう意味!?」
「さぁな」
「くそっ、王様だからって好き放題言いやがって……! こうなったら革命じゃあ!」
「まだその設定やんのかよ……って、ちょ!」
その瞬間、姉さんは肩に掛けていたバッグを放り投げると、俺の左横にあったクッションを持ち上げ、俺に殴りかかってきた。俺も急いで右手の持ち物を交換し、座りながら防御に徹する。
何度もポスポスと音を立てて殴られたが、嫌な気持ちは全くなかった。むしろ、姉さんのお陰でこの瞬間だけは、一時間分の苦悩を忘れることができ、気持ちも少し晴れやかになった気がした。
夕飯前のリビングを埃と喧騒が飛び交う中、豚の貯金箱は静かに俺の背中を見つめていた。
★―★―★
壁掛け時計が午後8時を示した頃。
埃の舞もだんだんと落ち着いてきたため、俺と姉さんは夕飯の準備を進めていた。
――コップと箸の準備はしたから、後は飯やらなんやらを盛るだけだな。
俺は棚から食器を取り出して、茶碗に炊き立ての白米をよそい、汁椀に味噌汁を注ぎ、皿に惣菜を盛り付け、それらをお盆に乗せて運んで机に置く。
全ての料理を運び終えると、そこにはある意味統一感に溢れた景色が広がっていた。席に座る前に、俺は疑問に思っていたことを姉さんに尋ねた。
「……なぁ姉さん」
「ん? なぁに?」
「一応聞くが、なんで今日の晩飯豆腐ばっかりなんだ?」
「え?」
そう、今俺の前にある料理は、豆腐の味噌汁、豆腐ハンバーグ、揚げ出し豆腐と、良く言えば統一感のあるメンツ、悪く言えばだだかぶりのメンツなのだ。
姉さんが独特のセンスを持っているのはよく理解しているが、それでも何故それを選ぶのかについては、どうしても毎回気になってしまう。
だが、聞いてみても返ってくる答えはいつも同じであって。
「なんとなく?」
「だろうな」
その返しもまた、いつもと同じだった。
「よし、準備はできたし、早速食べますか!」
「だな」
そうして、俺たちは合掌をし、豆腐づくしの夕飯を食べ始めた。
しばらく夕飯を食べ進めていると、突然姉さんは箸の動きを止めて、俺に尋ねてきた。
「そういえば大和。あんた、私が帰ってきたとき貯金箱を見てたけど、妙に暗い表情をしていたよね? 何かあったの?」
姉さんに指摘された瞬間、浦上の言葉とあの苦悩がジワジワと蘇ってきた。
だがそれと同時に、姉さんが相談相手になってくれると思うと、少し光が見えた気がした。
独特のセンスを持つ変わり者の姉さんだが、腐っても姉であり、俺が心の底から信頼している唯一の人物である。
――また悩みの沼に嵌まるのはごめんだ。
そう思った俺はコップに入ったお茶を飲み干すと、心配そうな表情を浮かべる姉さんに、その言葉を口にした。
「なぁ姉さん。俺が生徒会執行部に入りたいって言ったらどう思う?」
お読みいただきありがとうございました。
舞香さんって、普段はどこか抜けている(むしろ抜けすぎ?)ようですが、なんだかんだ大和君を気にかけたり、大和君に頼りにされたりと、いいキャラしてますよね。
それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)




