13話 誘い
商店街での一件から数日が経った、6月に入り立ての頃だ。この日、高坂由良、浦上凪沙、小牧陽奈、そして俺の4人は本当に警察から感謝状を貰った。
警察署内の一室で署長から直々に渡されたのだが、若槻さんと同じ警察官と思えないほど雰囲気が違っており、少しだけだが緊張してしまった。
その署長は、ザ・中高年のおっさんという感じの小太りな体型で、温厚そうな雰囲気を身に纏っていた。だがそれでいて、重厚な威厳と貫禄も備わっていた。
あれが本物の警察官か……と、感覚的にそう思わせられたものだ。いやまぁ、若槻さんが他の警察官とズレているだけかもしれないけど……。
やがて式が終わり、家に帰ってからそれを姉さんに見せると。
「あの大和が警察から感謝状を……さすが我が弟だね。偉いよ、大和!」
と、感心してくれた。姉さんは最初から俺の行動を認めてくれていたが、それでも改めて褒められると少し照れくさかった。
そして、貰えたのは感謝状だけではない。なんと、豚の貯金箱のお腹に"13210"と記されていたのだ。最後に確認した時から7500円以上増えているから、あの商店街で俺はかなりの善行を積んだことになる。
世知辛い豚の貯金箱にも認められるようになった、ということなのだろうか?
ただ、そうした嬉しさがあった反面、少し不満も残った。件の貯金箱についてだ。
元々、俺が商店街で清掃する目的の一つとして"助けた人から直接お礼を貰ったら貯金箱にお金が貯まるのか"という検証があった。
だが、引ったくり事件の解決をしてその分の金額が加算されたために、真実は不明という結果に終わってしまったのだ。
コイツのシステムなのかは知らないが、"何をしてどれくらいの金額が増えたのか"までは記されず、増えた金額の総量しか記されないのである。まあそもそも、ただの豚の貯金箱に金額が表示されるというのが、おかしな話ではあるが。
そんな感じで、多少は消化不良な面もあったが、商店街での一連の出来事に俺は、味わったことのない満足感を抱いたのだった。
★―★―★
それからまた数日経った、ある平日の夕方。俺は今日も学校には行かず、いつものように家にいた。
商店街の喫茶店でアイツらから褒められた時は、「俺の居場所はもしかしたら……」なんて思ったりもしたが、結局のところ学校に行くこと自体に抵抗があったため、あれ以降外でゴミ拾いをすることはあっても、俺が学校に行くことはなかった。
それ故に、今日も俺はリビングのソファに寝転がりながら惰眠を貪っていた。
ソファとテーブルを結んだ延長線上にあるテレビでは、天気予報が放送されている。この番組では、17時から始まるニュース番組に切り替わる前に、天気予報のコーナーを番組の締めとして放送しているのだ。
そのコーナーによれば、どうやら来週あたりには、この地域も梅雨入りする可能性が高いとのことらしい。
だが、それは俺にとってかなり不都合なことだった。雨が何日も降り続いてしまったら、外で善行を積む機会が大幅に減ってしまうのだ。
「……そうなったら、どうしたもんかねぇ」
俺は溜め息混じりに呟いて、机に置いていた豚の貯金箱を片手で取る。そして、真っ白に光る天井のLEDライトに当てながら、その腹部に書かれた数字を見つめた。テレビ番組も、17時のニュース番組へと切り替わった――その時だった。
――ピンポーン。
玄関の方からチャイムの電子音が聞こえてきた。
「……誰だ?」
俺は徐にソファから起き上がり、貯金箱を机に置く。
姉さんが帰ってきたのだろうか……? いや、それにしては早すぎる。だが、もしかしたら、予定より早く大学の講義が終わったのか、あるいは突然休講にでもなったのかもしれない。それで帰ってみたら、「鍵閉まってて入れないじゃん! やまとー、鍵取り出すの面倒くさいから開けてー!」ということなのだろう。宅配も頼んでいないはずなので、やはり姉さんで間違いなさそうだ。
流石は俺。おっちょこちょいで横着な姉の性格をよく理解しているな、うん。
そうして俺は玄関まで歩いて行き、「ドアなら開いてるぞー?」と、俺は玄関の扉を押し開けた。
そこに居たのは――。
「おっ、出てきましたねー不良先輩!」
「こんな時間にいきなりごめんなさい、御堂君」
姉さんではなく、制服姿の浦上と小牧だった。
俺は何事もなかったかのように扉を閉めようとする。
「ちょちょっ、なんで閉めるんですか不良先輩!?」
だが、小牧が慌てて扉に手を掛け、扉が閉まるのを防いできた。
「いや、なんでって言われても」
「いいんですか不良先輩!? せっかく浦上先輩が来てくれたんですよ。みすみすそのまま帰らせるんですか!?」
「あぁ、それでも構わないが」
「なっ、なんでですか!? 陽奈だったら速攻で家に招き入れますよ!?」
「いや、お前のことは知らねぇし、声がでけぇよ」
「くぅぅ……どうやらまだ浦上先輩の魅力が伝わりきってなさそうですね……。こうなったら、もう一度陽奈が教えあげましょう!」
「それは二度とゴメンだ」
半開きの扉を挟んで、俺と小牧は互いに言い合う。
幸いにも周りに人はいないため、俺たちが言い争っている姿は誰にも見られていないわけだが、下手をすれば浦上と小牧は「不良と関わるヤバい奴」と認識されかねない。
たとえ、それが警察から感謝状を貰っている不良だとしてもだ。周りのヤツから見れば、俺の印象が心の底から変わっているわけではなく、まだまだ俺を認めることはできないと思っているだろう。
だからこそ俺は扉を閉めて、コイツらとの関係はないように見せたかったというのに。
「……はぁ。わかったよ。何か用があって来たんだろ? 要件を言ってくれ」
とりあえず俺は諦めることにした。
「良かったですね! 浦上先輩!」
「うん……。ごめんね御堂君、いきなり来たのに」
「……いや、構わねぇよ。こっちこそ何も聞かずに閉め出そうとして悪かったな」
「いえいえ、そんな……」
浦上は丁寧に応答する。真面目なヤツだ。
すると、浦上は一度咳払いをして。
「……それでは、本題に入りますね」
と、改まったような態度で俺の目を見つめた。
先程までとは違う雰囲気を醸し出す浦上に、俺は思わず身構えてしまう。
小牧もどこか応援するような眼差しで浦上を見つめている。
鮮やかな夕陽に照らされている我が家の玄関前。そこを風が一つ通り過ぎると、浦上は一拍を置いて、やがてその言葉を紡いだ。
「御堂君さえ良ければなんですが……私たちの生徒会執行部に入部しませんか?」
お読みいただきありがとうございました。
浦上さんと小牧さんから生徒会執行部に誘われた大和君。彼はいったいどのような決断をくだすのでしょうか?
それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)




