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善行貯金箱  作者: 案内なび
商店街編
12/41

12話 光と影

 あの後、バッグを奪われた女性がようやく追いつき、無事にバッグを返却した。女性は何度も頭を下げてはお礼の言葉を口にしたため、その度に俺たちは女性を宥めた。

 だが、あの時の気持ちは何とも言えないほど誇らしいものだった。

 そして俺たちは、一連の出来事を組長のおっさんに報告するため、一旦喫茶店に戻った――のだが。




「すいません、コーヒーを一杯お願いします。ミルクと砂糖は多めで」


「あいよっ!」


「いや、なに普通に頼んでるんすか」


 席に着くなりコーヒーを注文した若槻さんに、俺は思わずツッコんでしまった。若槻さんはきょとんとした顔付きで答える。


「どんな用事であれ、喫茶店に入ったんですから何かは注文しなければならないでしょう?」


「巡回はサボりがちなのに、なんでその辺は律儀なんすか」


 変なところで若槻さんは真面目らしい。


「……ってか、おっさんも、警察官が入店して来たってのに何で普通に注文を受けてんだ。驚かねぇのか?」


 俺がそう問うと、おっさんは腕組みをしながら答える。


「誰であれウチに入店して来たってんなら、そりゃあもうウチのお客さんだ。お客さんの注文に応えるってのは当たり前の事だろ?」


「いや、そうかもしれねぇけどよ……」


 経営者の鑑みたいな事を言うおっさんに、こっちが驚かされてしまった。

 すると、俺たちのやりとりを見た高坂が口を開く。


「そんな茶番はもういい。そろそろ本題に入ったらどうだ」


 その言葉を受けて、若槻さんは微笑みながら応えた。


「ええ、そうですね。それではそろそろ事情聴取を始めましょうか」


 そうだ、若槻さんが俺たちに着いて来た理由は、あの時の状況を聞くためなのである。若槻さん曰く、警察署で事情聴取するよりもリラックスできる空間でする方が、お互いに話しやすいらしい。一応、任意の事情聴取なので帰ることも出来たが、誰も帰らない様子だった。


 因みにもう一班のヤツらは、俺たちが騒動に巻き込まれている間に掃除が終わって帰宅したため、店内には俺たちの班とおっさん、そして若槻さんしかいない。

 そうして、甘めのコーヒーを片手にした若槻さんによる、のんびりとした事情聴取が始まった。


★―★―★


 30分程で事情聴取が終わり、若槻さんはコーヒーを飲み干すと、ホッと一息吐いて口にした。


「こうして話を聞いてみますと、皆さん本当にお手柄だと改めて思いますね」


「えへへぇ、お巡りさんに褒められちゃいました!」


 若槻さんの言葉を聞いて、小牧は嬉しそうに手で頬を覆う。


「私は通報することしか出来ませんでしたが……少しでも役に立てたのなら嬉しいです」


 浦上も謙虚ながらに喜ぶ。二人は、自分たちの力で事件を解決したことに、多少なりとも手応えを感じているようだ。

 一方で高坂は。


「当然の事をしたまでだ」


 と、相変わらずクールである。

 だが、「それに」と高坂は続けて。


「一番は、引ったくりの足下を奪った彼のお陰だろう」


 そう言いながら、高坂は俺の方に目を向ける。その目は、今までのクールな感じとは打って変わって、少しばかり優しく見えた。


「ええ、違いないですね」


 若槻さんも微笑みながら同様にこちらを見る。


「ナイスです!」


 小牧と浦上が声を揃えて、俺を褒めた。

 最後に。


「さっすがあんちゃんだ。商店街の清掃も治安維持も良くやったなぁ! やっぱり、俺の目に間違いは無かったみてぇだなぁ!」


 組長のおっさんが腕組みをしながらニカッと笑って言った。


 ――ああ、なんだろうな。言葉では上手く言い表せないが……彼らの言葉が俺の中の何かを救った、そんな気がした。


 今まで、興味本意やお金のためという不純な動機であったとは言え、どれだけゴミ拾いを続けても、俺は周りから評価されなかった。別に、評価されたくて行動していた訳ではない。


 けれど、今回はゴミ拾いとは違うが……それでも、不良と呼ばれた俺が初めて真っ当に評価されたのだ。

 だからーー。


「……ははっ、俺は足を引っ掛けただけなんだがな。……まあでも、そこまで言われるとなんか悪い気はしねぇな」


 俺は嬉しかったのかもしれない。アイツらとはまた違ったベクトルで。それ故か。


「おぉ、不良先輩が笑ってます……」


「はっ……」


 小牧に指摘されてから気付いた。俺の口角は上がっていたのだ。


「お前、良い顔してるな」


 高坂も、その眼差しでこちらを見つめる。そして。


「やっぱり、御堂君はすごいですね……どんな時でも人助けをしちゃうんですから。もう御堂君は不良なんかではないですよ!」


 浦上はそう言って、あの笑顔を見せる。


「……そうか、ありがとな」


 考えるよりも先に、自然とその言葉が出てきた。それに応えるように浦上も。


「……はい!」


 笑顔でそう言ってくれた。


「おぉ、不良先輩が感謝の言葉を……」


「お前何回それ言うんだ」


 俺が小牧にツッコむと、おっさんがハッハッハと豪快に笑い始めた。それにつられて、みんなもまた笑い始める。

 明るい声が、本来静かなはずの喫茶店に響き渡った。


 俺はこの空気感が何だか、心地よかった。不良と呼ばれた俺が居ても、こんな雰囲気にできるんだな……と、そう実感した。


 ――もしかしたら俺の居場所は……いや、それは烏滸(おこ)がましいか。

 けど、皆の言葉で……あの笑顔で……俺の心に光が宿った気がしたのだった。


 やがて笑いが静まると、おっさんは俺たちにこんな事を告げた。


「お前たち、よく頑張ったな!ほれ、これはいつものお礼だ」


 そう言うと、おっさんはカウンターの下の棚からクッキーが入った袋を取り出し、カウンターの上に広げた。

 そして、おっさんは続けて言う。


「それと、今日は商店街での事件も解決したんだ。ウチにあるスイーツとドリンクをセットでタダにしてやんよ。さぁ、好きなもんを頼みなぁ!」


 その言葉を聞くと、小牧と浦上は跳ねるように。


「やりましたね、先輩!」

「はい!」


 と、大盛り上がりだった。

 高坂も「すまないな」と言うや否や、早速メニュー表を開いた。躊躇いなくメニュー表を開くあたり、意外と高坂は甘いものが好きなのだろうか。

 というか、それよりも。


「いいのか、おっさん?」


「あぁ。さっきも言ったが、あんちゃんたちはウチの商店街を守ってくれたんだ。商店街振興組合の組長として、これぐれぇはさせてくれ」


「そうか……なんかすまねぇな」


「いいってことよ」


 そう言うと、おっさんはカウンターで準備を始めた。

 すると、今度は若槻さんが口を開く。


「それでは、私はまだ仕事がありますので、そろそろ失礼しますね。店長さんも、急な来訪にも関わらずありがとうございました」


 そう告げて、若槻さんは一礼して入り口の方へ歩き始める。だが、若槻さんは入り口の扉に手をかけると、何かを思い出したかのように一度立ち止まり、くるりと俺の方に振り返った。


「そういえば、ゴミ拾いを始めた理由を聞いていませんでしたね」


「あぁ、そんな事も言ってたっすね」


「今日はもう時間がありませんので、また次会った時にお聞きしますね」


 そう言い残して、若槻さんは店を後にした。

 やがて俺は、先に注文を終えた高坂からメニュー表を貸してもらい、適当なセットを頼んだ。


 時刻は既に17時半を過ぎているにも関わらず、それぞれ談笑しながら食事を楽しんだのであった。


★―★―★


「ええ、思わぬ形でしたが彼と接触できましたよ。……ですが、やはり直接的な証拠は得られませんでした。これはまだ私の推測に過ぎませんが、ゴミ拾いに商店街での清掃活動……察するに、やはりアレが大きく関わっている可能性は高そうです」


「……そうか。ご苦労だった、下がってよいぞ」


「はい、ありがとうございます」


 その方に事の次第を報告し終えた私は、署内の一室から退出した。

 まだまだ時間はかかりそうではあるが、それでも、これからの事を思うと楽しみで仕方がない。


「ふふっ、面白いことになってきましたね」


 誰もいない廊下で一人、私は笑みを溢した――。

お読みいただきありがとうございました。

今回で商店街編は終わりです。

それにしても、大和君の心に光が宿り始めて良かったですね。私もなんだか嬉しいです(笑)。

そして、最後に怪しげな笑みを浮かべた人物。彼(彼女)は一体何者なのでしょうか……?

それと次回からは新編(予定)ですが、更新は暫く先になると思います。ご了承ください。

それでは次回もまたよろしくお願いします(→ω←)

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― 新着の感想 ―
はじめまして。ここまで読まさせていただきました。 善行するとお金が貯まる貯金箱。シンプルで分かりやすい設定なのに、物語が広がっていくのがワクワクしました! 序盤、100円しか貯まらないのに、ちゃん…
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