10話 晴れ時々曇り、後快晴
「……もう一度聞く。なんでここにいるんだ?」
俺が尋ねると、浦上は手に持ったコーヒーカップを置いた。
「何だ? あんちゃんたち知り合いなのか?」
おっさんは意外だと言わんばかりの表情で口を挟む。
「ああ、まあな」
俺がおっさんに答えると、浦上がほっと一息吐いて口にした。
「……ええと、私、生徒会執行部に所属していまして……今日は執行部の皆さんと一緒に、商店街の清掃活動をする予定なんです」
「それで、集合場所がこのおっさんの喫茶店だったと」
「はい、そういうことです」
――なるほど、昨日おっさんが言っていた生徒会執行部の生徒の中に浦上がいたのか。
確か「何度か手伝ってもらったことがある」と、おっさんは口にしていた。つまり、浦上も何度か手伝っていて、集合場所もその時からここだったのだろう。
ただ。
「……ってことは、他のメンツがまだ来るってことだよな?」
「はい」
「何人ぐらいなんだ?」
「そうですね……」
俺が尋ねると、浦上は思い出すようにゆっくりと指を折りながら数える。
「あと六人は来るかと思います」
「意外と来るんだな」
「はい。部員自体はもう少し多いのですが、それでも今日は多い方ですね」
まあ、土曜日ではあるし来たくないヤツは来ないだろうが、それでも生徒会執行部に所属しているだけあって、やる気のあるヤツはそれなりにいるのだろう。
と、そんなことを考えていた時だった。
カランカランーーと、扉の鈴が再び軽快なリズムを奏でた。
「いらっしゃい」
おっさんが扉の方に声をかけた。
そちらに視線を向けると。
「ちわーす……」
黄緑色のラインが入った黒ジャージを身に纏うショートヘアの女が、気怠げに入って来た。
俺はその見た目とガラの悪さから、何か近しいモノを感じた。
――客、なのだろうか? だが、そうだとしたらなぜジャージ姿なのだろうか?
俺が疑問に思っていると、突如、浦上はカウンター席から降り、女の元へ駆け寄った。
「先輩、こんにちは!」
「ああ」
女は浦上に対してぶっきらぼうに返事をしたが、その目はきちんと浦上の目に合わせられていた。
すると、浦上は女と共にこちらに近づいてくる。
「御堂君、紹介しますね。同じ執行部の先輩の高坂由良先輩です」
「よろしく」
やはり簡潔な挨拶だが、高坂という少女は俺と目を合わせた。
「ああ、御堂大和だ。よろしく」
俺も簡潔かつ目を合わせて応える。
すると、今度はおっさんが言葉を発した。
「ありがとな嬢ちゃん、毎度来てくれて」
「いや、暇なだけだ。とりあえずいつものを頼む」
高坂は浦上の隣の席に腰を掛けながら、何かを頼んだ。浦上も同じく腰を掛ける。
ここまでの様子を見るに、高坂はあまり感情を表に出さず、態度も不良のように見えてしまう。
しかし、目を合わせて話したり後輩である浦上の隣に迷いなく座ったりするあたり、根はいいヤツなのだろう。なにより、あのおっさんが「毎度来てくれて」と言っているのがその証拠だ。
――そう考えると、案外いいヤツなのだろうか?
根拠はないが、そんな気がした。
すると、突然高坂が声をあげた。
「……なぜ私を見ている。それにいつまで立っている、座ったらどうだ」
その目は俺に向けられていた。
どうやら俺は無意識に高坂の方を見ていたらしい。その事を指摘され、一瞬ドキッと心臓が鳴った。
「……ああ。考え事をしていただけだ」
俺はバレないように平然を装い、高坂から一つ席を空けて座る。
これで店の奥から順に浦上、高坂、俺という並びで座っていることになったのであった。
★―★―★
しばらくして、高坂の前にホットミルクが置かれ、それぐらいから生徒がぞろぞろとやって来た。
そして集合時刻の五分前には、六人目となる男子生徒が到着し、これで生徒会七人全員が揃い、計八人となった。
カウンターから人数を確認したおっさんは、その場の全員に向けて言う。
「よし、じゃあ全員揃ったみてぇだし指示を出すぜ。この喫茶店は商店街のど真ん中だから、二つの班に分かれて、商店街を半分ずつ掃除してくれ」
二班となると、俺を含めて四体四で分かれるということだ。そうなると。
「……なあ、おっさん。それって俺も数に入ってんのか?」
俺が尋ねると、おっさんはさも当然だと言わんばかりの表情で応える。
「ん? そうだが?」
やはりか。という事は。
「……おっさん、俺が学校のヤツらに何て言われてるか知ってるか?」
「分かんねぇな」
やはり知らないようだ。俺はその言葉を口にする。
「……不良、だ」
その一言で、周りのヤツらの視線が一気に俺に集中した。しかし、俺は視線に構わず続ける。
「そんなヤツと一緒に清掃活動は気まずいだろ?俺だって気を使われるのは好きじゃねぇんだ。だから――」
と、言いかけた時だった。
割って入るように、高坂が口を開いた。
「お前、人に気を使われるのは好きじゃないとか言っといて、自分は気を使ってるんじゃないか? それでは皆も流れで気を使ってしまう。そうなって欲しくないなら、まずはお前自身が変わることだな」
真っ直ぐにその瞳を向ける高坂に、俺は思わず目線を落とした。
――最悪だ。
俺の一言で、場の空気が曇ってしまった。
やはりともいうべきか、何人かの生徒は俺に侮蔑の眼差しを向けている。おっさんも黙り込んでしまった。
オルゴールが奏でるクラシック音楽だけが、店内の音を支配している。
――こんなんだから不良って呼ばれるんだろな。
俺は内心で自嘲した。
だがそんな曇りを払うように、ある少女が口を開いた。
「……それでしたら、私と一緒に周りませんか?」
目線を上げると、その声の主は浦上だった。
「私は噂だけで御堂君を判断しません。御堂君の善さは知っていますから。それに……」
そう言いかけると、浦上は口を開けたまま止まってしまった。
「……それに?」
「……やっぱり何でもないです」
そう言うと、今度は浦上が視線を落とした。
「なんだそりゃ」
俺は思わずツッコんでしまった。……けれど、おかげで再び心が晴れやかになったような気がした。
すると、今度はおっさんがフッと息を漏らした。
「何笑ってんだ……?」
「いんや、なんでもねぇよ。それよりもそろそろ始めねぇとな」
そう言っておっさんは壁掛け時計を親指でクイっと指す。
そちらを見ると、集合時間から10分は過ぎていた。俺は罪悪感に苛まれてしまう。
「すまねえ……」
しかし、おっさんは笑顔で口にする。
「クヨクヨすんな。よし、じゃあ班を決めるぞ。私的な感情は無しだ。みんなで協力するぞ」
そう言って俺に目配せをしたおっさんは、その場に居た生徒たちを右と左で四人ずつに分けるという強引な手段に出た。
それにより、俺と一緒に組むことになったのは、浦上、高坂、そして――。
「浦上先輩と一緒……はぁ、神様仏様浦上様、ありがとうございます……」
明らかにヤバそうなヤツだった。
お読みいただきありがとうございました。
新たに、生徒会メンバーの一人、高坂由良さんが登場しましたね。何処となく大和と似ているようで似ていない彼女。今後、大和にどう関わっていくのか?
そして、最後に登場した明らかにヤバそうなヤツの正体とは?
それでは次回もまたよろしくお願いします(→ω←)