1話 謎の貯金箱
初投稿作品です。
どうぞごゆっくりお楽しみください。
俺――御堂大和は、かつて不良と呼ばれていた。
所謂、ヤンキーと呼ばれる類の不良ではない。学校を無断欠席したり、暴力沙汰を起こしたり――など、素行不良というやつである。それでも、傍から見ればヤンキーと変わらないのだろうが。
それが原因だったのだろう。俺が中学1年生の時、俺の唯一の親である母さんは俺と姉さんを残して姿を消してしまった。
それが悔しくて俺は、変わろう、変わってやろうと何度も試みた。
……けど、根っからの性格だったからなのか、俺はどうしても変われなかったのだ。
そんなどうしようもない俺を変えたのは、摩訶不思議な貯金箱だった――。
★―★―★
「……なんだこれ?」
帰ってくるなり俺を呼び寄せた姉さん――舞香は、俺の目の前にあるリビングの机の上に、それを置いた。
「何って、豚の貯金箱だけど」
「貯金箱?」
一見すると貯金箱ではなく、ただの豚の置物である。
なぜなら。
「姉さん、これどこにも穴が無いぞ」
そう、貯金箱には必ずあるはずの穴が無いのである。
疑問に思った俺は、姉さんに問い質す。
「なぁ、本当にこれ貯金箱なのか?」
すると、姉さんは何故か得意げになって言う。
「まあまあよく聞きなさいって、なんとこれはね……」
「おう」
「お金が貯まっていく貯金箱なのだよ!」
「……」
――馬鹿なのだろうか?
お金が貯まっていくのが貯金箱の本質だというのに、何を当たり前の事を言っているのだろうか。
「ちょっ、なに馬鹿を見るような目で見てるの!?」
「いや、姉さんが当たり前な事を言うからだろ」
俺がそう言うと、姉さんは不満気な表情をしたが、少し間をおいて口を開いた。
「……まぁ正しく言うとね、善行を積むとその行いの程度に応じた金額のお金が貯まっていく――っていう貯金箱なんだよ」
「善行を積むとねぇ……俄には信じられねぇけどな」
「それでね、ここにあんたの名前が彫ってあるでしょ? この名前が彫られた人の行いが、この貯金箱に反映されるの」
姉さんの指す場所を見ると、豚の左側の胴体に小さく"ミドウヤマト"と彫られていた。
「ちょっと待て、何で俺の名前が彫られてんだよ!」
「そりゃあ、大和への誕生日プレゼントだからに決まってるじゃん」
確かに、今日――5月10日は俺の17歳の誕生日だ。
正直、姉さんが俺のためにプレゼントを用意してくれた気持ちは嬉しい。しかし、なぜこんな意味不明なものを誕生日プレゼントに選んだのだろうか。
別に貯金するのが趣味でも、アルバイトをしている訳でもないというのに。ましてや、学校にすら行っていないヤツだというのに。
半分困惑する俺を余所に、姉さんは続ける。
「ほら、バースデーケーキに名前を書いてくれるサービスとかあるでしょ? それと同じもんだよ」
「微妙に違う気がするけど」
「細かい事は気にしなーい。せっかく私が選んであげたんだから、素直に感謝して受け取ること!」
「……分かったよ、ありがとう」
俺がそう言うと、姉さんは満足そうに微笑んだ。
しかし、貯金箱の真偽は未だ不明のままだ。
「受け取ったのはいいけどさ、姉さんの言うことは本当なのか? もし嘘だったらただの置物になるぞ」
「私も古物商のおじさんに聞いただけから分かんないよ」
なぜそんな胡散臭いところで誕生日プレゼントを買おうと思ったのか。俺が姉さんのセンスを疑っていると、姉さんがある提案を口にした。
「じゃあさ、試しにお風呂でも洗ってきてよ」
「……はぁ?」
一瞬、そんな事を言ってうまいこと俺をこき使おうとしているんじゃないかと思った。だがその反面、貯金箱の真偽を確かめてみたいという好奇心もあった。
だから俺は。
「……分かったよ」
そう言い残し、浴室に向かったのだった。
★―★―★
やがて俺は一通り風呂を洗い終えて、リビングに戻ってきた。
「ご苦労さまー、生憎こっちは何の変化もなかったよ」
「やっぱり古物商のおっさんに騙されたんじゃねぇの?」
「えー、そうかなぁ」
姉さんは不安そうな目で俺を見つめる。好奇心旺盛な姉さんの事だ、言葉巧みに操られて騙されたのではないかと俺は疑った。――だが、その時。
――チャリン
と、何かの金属音がした。
俺と姉さんは一斉に音がした方を見る。暫くの間、静寂がリビングを包み込んだ。程なくして、静寂をそっと払うように姉さんが言葉を発した。
「……今のって」
「姉さんにも聞こえたのか。てことは……」
真偽を確かめるべく、早速俺は貯金箱を手に取り振ってみる。すると。
――チャリン、チャリン
と、先程と同じ音が反響した。
「おいおい、マジだったのかよ」
「ね、やっぱり騙されてなかったでしょ」
「……そうみたいだな」
「それで、いくら貯まったんだろうね」
「どうだろう、やった事も手伝い程度だしなぁ。音も軽かったから……1円とかなんじゃね?」
俺がその推測を口にすると、姉さんは少し残念そうに言った。
「なーんだ、そんなもんなのね」
「確証は無いが、まぁ現実はそう甘くはないってことだ」
「それもそうね」
半ば諦めるように、姉さんは納得した。
そう、現実は甘くはないのだ。実際、姉さんは善行の程度に応じた金額が貯まると言っていたし、家の風呂掃除などワンコインにも満たなくて当然だろう。
そう考えていると、姉さんが口を開いた。
「ねえ、明日は月曜日だけど、どうせあんたは学校に行く気ないんだからさ、代わりに外で善行を積んできてみたら?」
「は?」
「別に、無理にボランティア活動とかに参加しろとは言わない。散歩がてらゴミ拾いをするとかでいいからやってみなよ」
そう言うと、姉さんは立ち上がり、どこからかゴミ袋と軍手を取り出してきた。
「それじゃ、下駄箱の上にこれ置いておくから、気が向いたら行っておいで」
それだけ言うと、俺の返事を待たずして、姉さんは自室に向かってしまった。相変わらずの自由奔放さを繰り出した姉さんに、俺は少しばかりの溜め息を吐きついた。
しかし。
「……面倒くせぇけど、どうせ暇だし。行かなかったら姉さんに何か言われて面倒だしな」
と、俺は姉さんの提案を受け入れるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
姉の提案を受け入れた大和は、この後どうするのか?
次回もまたよろしくお願いします(→ω←)