三日月駅にて
無人駅で、二本電車を見送った。
最終電車まで、一時間。
暗い夜の真ん中で、ビカビカと蛍光灯が明滅し、そこに虫がぶつかっては跳ね返されている。ぬらりと光る線路に、敷き詰められた石。無音の駅の上には、今にも消えそうな細い三日月がかろうじて見える。
ああ、終わった。
私は自分の失ったものについて考える。
けれど、どれだけ考えても私の中に答えはなかった。
「おねーさん、こんばんはぁ」
しっとりとした夜にはあまりにも場違いな陽気な声に思わず振り返ると、そこにあったのは見知った顔だった。
十年前の高校の同級生は、少し幼い見た目も、大きな口で笑う所も変わっていない。びっくりしていると、彼は手をヒラリと振った。
「や。立川さん」
「……久しぶりね、三雲くん。相変わらず元気そう」
「そんなこと言うの立川さんだけだよー」
人懐っこい笑みで、自然に隣に座る。
田舎の駅で二人きり。
彼はにこにこと私を見た。
「聞いていーい?」
「なに」
「婚約者の浮気現場を見た感想は?」
「そうね……意外とダメージを受けてないわ。その事にびっくりしてる」
「ふうん」
「疑惑だけなら知らないふりを続けてあげられたけど、決定的な所を見ちゃったから、終わりだなあって。私、あの人を愛してなかったらしいのよ」
「変わらないなあ」
「なに?」
「終わらせる為にあとをつけた癖に。都心から離れた田舎まで、わざわざ休日潰して来ないでしょ。立川さんだよ?」
「よくご存じで」
「じゃあ、ようやく僕のことを愛してくれる気になったの?」
聞かれ、私は隣に座る黒い学生服の彼を見た。
十七歳、初めて人に対して愛情を持った。
十八歳で永遠に失ってしまったが、彼はもう十年、節目節目にこうして全てを見ていた様に現れる。
「そもそも立川さんがふつーの男とふつーに結婚だなんて無理があるよ。逆によく頑張ったよね、愛してるふりまでして。ねえ、もう諦めて僕と生きていこうよ」
「三雲くん死んでるわよ」
「ふふ。僕だけの為に生きてってこと。立川さんが望めば、僕はいつでも傍にいられるし」
「そうなの?」
「うん。君が死ぬまで、ずっとね」
「死んだら?」
「一緒に成仏しよ」
悪くない、と笑うと、彼は嬉しそうに笑う。
「僕は何もできないけど、立川さんの為に出来ることはふつーの男より多いよ」
彼が夜空を指差した。
「猫の爪」
三日月をそう呼ぶ私を覚えている、と。
ずっと好きだよ、と。
彼がそう言っている気がした。
十年ぶりに、心が大きく動いた。
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なろうラジオ大賞参加四つ目です。