水晶の洞窟
洞窟の中には、深く澄んだ群青色の湖が広がっていた。
周りを幻想的に照らす水晶と合わせて眺めれば、本当に現実とは思えない風景だといえる。
しかし……湖の中に、不自然な白い点がひとつだけ見えるのだ。
水をじゃぶじゃぶとかきわけ、時には湖の中にも潜ったりもしている。
…遠目にも白い子犬じゃなかった! 子狼姿のフィヌイ様がのんびりと水浴びを楽しみ泳いでいるように見える。
これは目の錯覚…それとも気のせいだろうか……
しかし、どうやら気のせいではないようで……私の姿に気がつくとフィヌイ様は、子狼の可愛い犬かきで懸命に岸を目指し泳いでくるではないか。
「は…!」
私を見つけて駆けつけてくれる姿! 可愛いし物凄く感動するんだけど、なにかが違うような気が…
ティアは、ぼんやりとその光景を眺めていたが。なんというべきだろうか、とにかく言葉が見つからない。
そうこうしているうちにフィヌイ様は湖から上がると、体を震わせ毛の水分をはじくと、尻尾を一所懸命に振りながら嬉しそうに私めがけ、てくてくと駆け寄ってくるではないか。
あれ? そういえば、どうしてフィヌイ様、湖を泳いでいたんだろう……? 漠然とした疑問が頭を過ったが、そんな考えなど一瞬で吹きとび、私に向かい駆け寄ってくるフィヌイ様の姿に感動していたのだ!
――ティア~! 良かった! 気がついたんだね~。
嬉しさのあまりフィヌイ様はジャンプすると、私の腕の中に跳び込んできたのだ。
ティアは子狼姿のフィヌイを落とさないようにしっかりと抱きしめ、心おきなくもふもふを補給する。
やっぱり心配してくれる人たちがいると嬉しいものだ。だが同時に、心配をかけて申し訳ない気持ちでいっぱいにもなる。
「本当にすみません……フィヌイ様にも心配をかけてしまって……」
―― 良かった……目が覚めなかったらどうしようって本当に心配してたんだよ。もう、あんな無茶なことはしないでね…
「ええと…その…はい……」
ティアはいまいち歯切れの悪い、ばつの悪そうな返事をする。また同じことをしないという確証が、申し訳ないがどうしても持てなかったのだ。
――でも、さすがは神様であるこの僕のお気に入りの場所だね! ティアの魔力と心身の疲れ、おまけに傷の治りも早く回復させることができるなんてすごいよね!
「……え? ああ、なるほどこの水晶の洞窟、お気に入りの場所なんですね」
尻尾をふりふりフィヌイ様は私の視界いっぱいに、可愛らしい子狼のどや顔? で答える。
どや顔でもフィヌイ様はやっぱり可愛いんだな~とつい和んでしまったが、私はその言葉に納得し頷いたのだ。
確かに……広範囲に及ぶ治癒の奇跡を放った直後は、体が鉛のように重く節々が痛みひどい疲れがあった。なのに…今はとても身体が軽い。それにとても安らかで心地よい気分に包まれている。
もちろんフィヌイ様が前回と同じように、私の為に治癒を施してくれたこともあるが……それでもあの時よりも調子が良いのだ。
ティアはあらためて周りを見回し、精神を集中させる。洞窟内にある水晶や地底湖から特に強い魔力? いや、神力に近いものを感じることができる。
そして、ふと視界いっぱいのフィヌイ様の顔を見ていると、口の中に石のようなものをくわえているのに気がついたのだ。
その石は、フィヌイ様や私の瞳のように夜空の色をそのまま流し込んだような青い宝石みたいだ。




