夢と記憶の欠片
広範囲に向けて放った聖女の『治癒の奇跡』――
いずれは使えるようにと思っていたからこそ、フィヌイ様にも付き合ってもらい、ティアは地道に特訓を重ねてきた。
だが、実戦で使ったのはこれが初めて……
ほぼ村全体に向けとき放ち、成功したかまでは、はっきりとはわからない。
…いつもは、ひとりずつを対象にして使っていた治癒の奇跡を、今回はいきなり広範囲に向けて放ったのだ。
いつもの治癒の奇跡に比べ、とてつもない疲労と倦怠感がティアを襲ったのは当然のことかもしれない。
今は、立っているのもやっとの状態だ。
フィヌイ様が心配してすぐに傍に駆け寄ってきてくれたが、ティアは心配させまいと笑顔を浮かべる。
無理をいって、フィヌイ様に協力してもらったのに心配をかけたくはなかったのだ。
ほんとうは、油断をするとすぐにでも気を失いそうになる。……意識も次第にもうろうとなってくるし、
さらに間の悪いことに、そこへラースがやって来たのだ。
どうやら私が、広範囲に及ぶ治癒の奇跡を使ったことに気づいたらしい。
その後、私の魔力がどうとかフィヌイ様にまたいろいろと因縁をつけていた。
私はこいつと少し話をし、そしてフィヌイ様は悪くはないと注意しようと思ったその時……限界だったのか、不覚にもそこで意識を失ったのだ。
――私は、夢を見ていた。
気がつけば、そこは暗闇が広がる王都の街並み。
街灯の光りが見えるだけで、軒先や建物の灯りはほんとんどついてはいない。どうやら真夜中のようだ……
夜の風がひんやりと冷たいが、私は産着にすっぽりとくるまれていてお母さんらしい人の温もりを感じていた。
私は小さな赤ちゃんになっていて、若い女の人の腕に抱きかかえられていたのだ。
女の人は私を大切そうに抱え、後ろを気にしながら懸命に走っている。
そしてたどり着いた場所は、私がよく知っているところ。
つい最近まで私が下働きとして働いていたところであり、フィヌイ様が今までとどまっていた場所。
――この国の主神であるフィヌイ様が祀られている王都の神殿だ。
だが……やはりと言うべきか、夜中なので神殿の正門前に人の気配はなかった。
神殿の中にも、それほど人の気配は感じられない。
女性はそれでも構わずに門を抜け、私を神殿の入口にある大きな柱の隅にそっと置き、短く祈りを捧げたのだ。
「どうかこの子が……普通の女の子として幸せな人生を歩めますように」
女性は私を見て悲しそうに優しく笑いかける。最後に私を大切そうにぎゅっと抱きしめるとまた柱の隅に置き、正門を抜け別方向へ走り去ったのだ。
私は急に心細くなり、泣きじゃくっていた。
だが、ふと空を見上げると温かな光が私の傍に降りてきたのが見えてきた。
「わん…しゃん…」
なぜか私はたとたどしい言葉を紡いでいた。犬ではないはずなのに……でも私はなぜかそう思ったのだ。
温かい光はその言葉に応えるように、白い子犬の姿へと変わる。
そこにいたのは青い瞳をした、いつもの子狼姿のフィヌイ様だった。
――そして、ここで夢は終わったのだ。
ティアはゆっくりと目を開けると、そこには白い光のようなものがあり、心配そうに私を覗き込んでいたのだ。




