治癒の奇跡
フィヌイは子狼の姿のまま、ティアを連れて移動する。
黙々と歩き林を抜けて立ち止まったところは、たくさんの白い花が咲く草原だった。
草原の中央でフィヌイは立ち止まると、後ろのティアを振り返り、ちょこんとお座りをする。
――まずは、大地に流れる魔力に意識を集中すること。これは今までの特訓での、基本中の基本だからわかってるよね……
「はい!」
ティアは地面に膝をつけると、雑念を祓うために目を瞑り、祈りを捧げるために集中する。
――大地に意識を集中させるといろんな気配が視えてくる。人間や動物、植物など生き物の息吹、またはそれ以外もの。なるべく広い視野から視るようにするんだ。それらを把握してシャラー村全体を広い視点から眺めるようにすると、いろんなものがみえてくる。今はどんなものが視えるかな?
「凄くごちゃごちゃしてますが、たくさんの生き物の中に村の人たち、命の気配。それに嫌な感じがする黒い霧の気配も感じます」
――うん、冷静に全ての情報を把握できているようだね。かなり集中できている。
フィヌイは子狼の姿のまま、髭をぴんと張ると満足そうに頷く。
―― それじゃ、次の段階に進もう。意識をシャラー村の全てに広げたままで悪しき気配以外の、生きとし生ける全ての生命に意識を集中するんだ。ティアにとっては……膨大な情報だから難しいかもしれないけど、範囲をピンポイントに絞り込むんだ。
「雑音が酷くて……けど、……なんとかやってみます」
―― 危険だと思ったら無理はしないで! ティアの命が危なくなってしまったら元の子もないんだからね。
「大丈夫です…なんとかいけると思います」
膨大な生命の気配の中から、フィヌイ様が言っていた悪しき気配だけを取り除き、ティアは懸命に意識を集中させたのだ。
心配そうにフィヌイはティアを見守っていた。……ここは自分では手助けができない。
古き盟約により神の力は、この地上では際限なく振るうことはできない決まりとなっている。
だが…唯一、自分と契約を取り交わした『聖女』や『聖人』を通してなら神力を行使することだけは、例外として認められているのだ。
それゆえ、契約した人間の器の大きさにより……使える力も大きく変わってくる。
ティアの魔力、そして聖女としての潜在能力が非常に高いことは、初めて見たときから気がついてはいた。
だが初めて会ったあの日――彼女を選ぶことはしなかった。あまりにも、力が大きすぎるから…
前聖女のアリアがあんな風にならなければ、きっとティアを選ぶことはなかった。ティアの幸せを願っているから。
そうしている間にも、ティアの魔力はだんだんと大きく広がっていく。
フィヌイはティアがつくった魔力の道に神力を注ぎ込むと、
―― ティア、聖女の治癒の奇跡を!
フィヌイの言葉に頷くと、ティアは広範囲に渡り、光の波紋のように治癒の奇跡を発動させたのだ。




