不毛な言い争い
この人は病を患っているとティアはそんな気がしたのだ…
女性はゆったりとした服を着ていたが、袖口から見える手は細く、栄養が行き届いていないように見える。
それに、目以外は顔を見せないように布でしっかり巻いている。これは湿疹のようなものが広がっているのを隠し、見せないようにするためだ。
そして家の中を見回してみると、必要最低限のものしか置かれていない。この光景に生活の苦しさが容易に想像することができた。
「このような粗末なところですので、大したおもてなしもできませんが…」
「いえいえ、雨露をしのげるだけでもありがたいです。…それに、今夜も野宿になりそうだと連れと話していたところなので本当に助かります」
ティアの視線に気づき女性は申し訳なさそうに話すが……ティアとしては特に気にしてなどいない。本当に雨露をしのげれば良いと考えていたし、孤児院育ちで清貧な生活が普通だったし慣れている。
ラースの奴も何も言わず黙っているので、とりあえず文句はないということだろうが……しかし女性は少しラースに対して、怯えたような視線を向けていた。
「ああ、すみません。この男はラースといいます。……目つきが悪く性格も悪いですが、私の護衛として雇っているので、普段からあんな感じなんです。……ああ、怖くはないですよ。急に暴れたり、噛みついたりしませんので安心して下さい。
それと自己紹介が遅れましたが私はティア、この子犬はフィーといいます」
「……はあ……そうですか」
ティアはさり気なく仲間の自己紹介をするが、女性はなぜか一瞬沈黙し、曖昧な返事をする。
「おい! 何だ今の俺の紹介は……完全に危ない奴ですって言っているようなもんだろ! もう少し頭を使って答えられないのか」
「いや…でも事実だし… 性格と目つきが悪いのは本当のことだから……フィヌイ様を目立たないようにするためにはしょうがないでしょ!」
「あぁ、これだからこいつは…任せた俺が馬鹿だったか…」
「なによ…! その顔は…これでも一生懸命に頭をひねって考えたんだから…!」
慌ててラースは、家の住人には気づかれないようにティアを小突き小声で話しかけるが…彼女は開き直り答えたのだ。
こいつは微妙な駆け引きなどできない、馬鹿正直な奴だとラースは今更ながらに思い知るのだった。
「あの…」
「きゃぅぅ……」
小声とはいえ二人で言い争う姿に女性はなんて声をかけていいか戸惑っていた…
そしてフィヌイも、子狼の姿であきれたように二人を眺めていたが、すぐに直立の耳をピクピク動かすと入口の戸に顔を向けた、その時だった――
「ただいま……」
玄関の戸を開けると同時に、疲れたような重い足取りで男の子が家の中に入ってきたのだ。
そして、男の子が顔を上げたその瞬間…
「母さん…! 具合が悪いのになんで寝てないんだよ!! それにこいつらは、いったい…」
「この方たちは、道に迷われてしまって…一晩だけここに泊っていかれるの」
「そんなのダメだよ! ……あいつらに気づかれたら大変なことになる。今だったら、まだ間に合う! 俺すぐによそ者が入り込んだって報告してくるよ」
男の子が再び玄関の戸に手をかけ、外に出ようとした時だった。
「いでぇ!!」
いつの間にかラースは男の子の後ろに移動し、その子の頭にげんこつを落としたのだ。




