必死の交渉をする
あの犬ころの奴、民家に向かって一直線に駆けていきやがって――!
ラースはフィヌイのいつものお気楽で、自由気ままな行動に腹を立てていた。
腹を立てるだけ時間の無駄だと頭ではわかってはいる……が、なぜか癇に障るのだ。
どんな考えがあるかはわからないが、取りあえず最悪な状況が回避されたことには安堵はしている。そして、気持ちを落ち着けようとしたのだ。
やはり数日前に偵察にきて、正解だったようだ……
周りの山の位置や風景から推測するに、ここは既にシェラー村に入っている。
正確には…ここは村とザイン鉱山の間ぐらいに位置する、村はずれにあたるようだが……
偵察に来たとき、奴らの中に潜入している味方と接触することができた。
そいつの情報と照らし合わせ、奴らがいるのは主に村の中と入口。それと鉱山の出入り口付近だということがわかった。だが予想通り、主力は鉱山の中にいるらしいが…
鉱山と村の中間地点は、特に見張りらしき奴らが配置はされてはいない。だが、たまに見回りを行う程度だということだ。
それでも警戒するに越したことはない…
ティアが家の住人と話をしている最中にも、いつでも動けるように服の中に隠してある武器には手をかけておく。
家の住人が、女でも油断はできない。最悪…すぐに敵にまわるか相手か…それとも奴らが、村人に変装している可能性も完全には排除できないのだ。
ただし相手がただの村人の場合、ティアが対応した方が警戒されずにすむ……その可能性は非常に高い。
普段からなにも考えていないような、ぼけーとした娘とセットでいつもくっついている、間抜け顔の犬っころとのコンビだ。
相手は間違いなく警戒心をとき、気を緩めるはずだ。
ラースはそう考え、しばらくは成り行きを見守ることにした。
「道に迷われたのですか…?」
「はい…実は私は旅の薬師なのですが……商業都市ディルへ行くため、街道から山道に入り近道をしようと思ったのですが、逆に道に迷い…たまたま民家の灯りが見えたので、そのままこちらへ」
「きゃぅ~…」
不審に思っているだろう女性の問いかけに、ティアは無い知恵を総動員して答える。
フィヌイ様も目をウルウルさせて、可哀そうな子犬を演じ女性に訴えかけているのだ。
その青い目はこの家に泊めて…!と言っている。
「本当は…外の人間が村に入ってきた場合、すぐに報告しなければいけません。ここは、あなた達が思っている以上にほんとうに危険な村なのです……
身の安全を考えるなら、すぐにでもこの場を立ち去ることをお勧めします。ですがもう夕闇が迫る時間帯…このまま出て行けと言うのは酷というもの。
早朝すぐにこの村を出るのなら一晩でしたら泊めることはできますが…それでもよろしいでしょうか?」
「はい、ありがとうございます!」
「きゃう!」
ティアとフィヌイは顔を輝かせて感謝を伝える。
女性はそのまま戸を開けると、ティア達を家の中へと招き入れたのだ。




