~閑話~ ウロボロス~身食らう蛇
盤上にはいくつもの駒が並べられていた。
夜の深い闇の中、燭台には明かりもつけずに室内には人がひとり、椅子に腰かけている。ただ、じっと盤上を見つめ窓から差し込む月明かりの下、黙々とゲームに沿って駒を動かしている。
だが、ふと動きを止めると口を開く。
「商業都市ディルでの、聖女の暗殺はやはり失敗したか?」
「はい・・申し訳ございません・・」
いつの間にか、気配と共に人が姿を現していた。声の主は窓辺のカーテンに、ひとつの影のように溶け佇んでいる。
「まあ・・良い。聖女の傍に主神フィヌイがいること、これではっきりした。あれほどの広範囲魔法、人の身で短時間で容易に使えるものではない。
それよりもディルの作戦に携わった者たちだが・・足がつく前にそれとなく処分をしておけ。王家の取り調べが入ると面倒だからな」
「畏まりました。仰せのままに・・」
カーテンに佇んでいた影は淀みない動作で、深く一礼する。
「この国の主神フィヌイが神殿をでてしまえば、ただでさえ均衡が崩れてしまうというのに、まったく困ったものよ。よりにもよってあの娘を聖女に選び、旅をしているとなると目的は明白だ――」
材質の良い高級な椅子に深く腰掛けると、しばし目を瞑る。
「どうやら、ほころびた結界を張りなおすつもりのようだ。まったく、程よく闇が広がるから人の世の均衡は保たれるというのに・・フィヌイが人と共に築く時代はもう終いよ。これからは我らが神が、全てを浄化し新たな時代となる」
ウロボロスとは身食らう蛇。自らの尾を飲み込む蛇を意味している。
知らぬ者たちは、我らをただの暗殺集団だと思っているようだが、それは浅はかな考えに他ならぬ。
その意味するところは、循環性、永続性。つまりは死と再生、創造と破壊だ。
我らは人々が誤った道を歩まぬように、不純物を排除し均等を保っているだけだ。
「それと、例の件ですが・・」
その言葉に目をゆっくり開き、盤上を見据えたままで耳を澄ます。
「良き返事をもらうことができました。喜んで我らに協力したいと申しております」
「そうか・・では、『元聖女』の協力が得られれば心強いことだ。これで『神封じ』を使うことができる。主神フィヌイを封じて、神力だけを手中に収めることができるのだ」
そう言うと盤上の駒を見つめたまま、ほくそ笑んだのだ。




