神殿からの使者
「ネーテンさん・・」
そこには、張り付けたような笑顔を浮かべている二十代後半ぐらいの男性の姿があった。
ティアが王都の神殿で下働きとして働いていた頃に神殿にいた神官のひとりで、主に下働きとして働く者たちの管理を行っていた人だ。
ティアの顔を知っている人物でもある。
ただの顔見知りだが、ティアは話すらしたくもなかった。なぜなら、前聖女であるアリア様のご機嫌取りをし、取り巻きをやっていた人だから、
「今更、神殿の方が私に何の用でしょうか?もう、私は神殿とはなんの関係もないはずです。そこを通してもらえますか!」
不信感に満ちた冷めた目をネーテンへと向ける。アリア様のご機嫌取りを優先して、私を追い出しておきながら今さら何の用があるというのだ。
はっきり言って、こんな人たちとは一切関わり合いになりたくない!大きなストレスだ。
冷たい反応に、ネーテンは顔色を変えると慌ててティアの目の前で土下座をする。
「どうかお待ちください、ティア様!・・・貴女様が神殿を出ていかれた後、我が国の主神であるフィヌイ様の気配が消え失せてしまったのです。
同時にアリアの聖女としての力も消え、神官長はフィヌイ様が貴女様を新たな聖女に選び、共に神殿を出ていかれたとお考えです」
「そうですか・・」
ティアは特に気に留める様子もなく、冷めたような相づちをうつ。
幸いにもこの道は、旅人には人気のない裏街道にあたり、私たち以外に人の姿はない。
「我々は間違っていました!貴女様を神殿から追い出したこと心から反省しています。神官長もこういう事態を引き起こし止めることができなかったこと、とても悔やんでおられるのです。アリアの奴はもう神殿にはいません。どうかティア様お願いです。我らが主神フィヌイ様と共に神殿にお戻りください!」
なりふり構わずといったところか、ネーテンは地面に頭をこすりつけるようにして謝罪をしてきたのだ。
ティアは小さくため息を吐くと、
自分でも驚くほど冷静な視点で物事を見ることができていた。
始めは怒りのあまり、胃がきりきり傷み胃酸が逆流するかと思ったが、ネーテンの話を聞いているうちに頭が冷えてくる。
今まで前聖女のアリアさんを、チヤホヤしてさんざん煽ててきたくせに、用が無くなればこんなにもあっさりと手のひらを反す。
アリアさんは聖女だとチヤホヤされ煽てられていたが、結局はこの人たちに踊らされていただけなのではないかと・・?
なんとなくだが、フィヌイ様が彼女から聖女の資格を剥奪した本当の理由がわかったような気がした。
ただ彼女の行いに怒ったからではなく、神殿にいれば、彼女はどんどん腐りダメになっていくとそう思ったのではないだろうか。彼女を思いやるフィヌイ様なりの優しさなのだと、
今のフィヌイ様は大きな白い狼の姿で、私の守るようにすぐ傍に立っていた。
この姿は、私以外には誰にも見ることができない。神殿の人には子狼の姿すら見せたくないのかもしれない。
「ネーテンさん、私は神殿には二度と戻るつもりはありませんよ。あそこは私の居場所ではないからです。我らが主神であるフィヌイ様も同じ考えだと言っています。フィヌイ様の恩恵は平等に与えられるもので、旅をしていても人々に授けることができます。聖女は必ずしも神殿にいる必要はないんです」
「我々を見捨てるのですか・・それでは、この国での神殿の威信は消え、民衆は混乱してしまいます!」
ネーテンは顔色みるみる青くなり取り乱していた。
「くくくっ・・はははははっ、なかなか面白いことを言うな、ティア!見ていて爽快な気分になったぞ。確かに困るのは民衆ではなく、お前たちだけだろうな?」
これまで少し離れた所で黙って話を聞いていたラースが、突然笑いだしたのだ。
その顔には、あきらかに皮肉の笑みが浮かんでいた。




