朝市の賑わい
――朝霧が晴れる頃。
リューゲル王国の王都リオンの大通りは、早朝から賑やかな活気にみちていた。
ちょうどこの日は、月に一度行われる朝市の日と重なり。
市場には、近くの農家から運ばれてきた色とりどりの野菜、果物、鉢植えの花が豊かに並び。すぐに食べられるものとしては、手作りの菓子や朝食の屋台などもあり、街は活気にあふれていた。
屋台からただよう、焼きたてのパンや焼き菓子の良い匂いに、腹の虫がさっきからぐうぐう鳴っている。
ティアはお腹を抑えると、昨日の夜からなにも食べていなかったことに今さらながらに気づいたのだ。
う、う・・フィヌイ様のもふもふで、心は満たされたけど、お腹はやっぱり別なんだよね。当然だけど・・
あの屋台の、マフィンおいしそうだな。いろんなナッツに、洋酒に漬けたチェリーや林檎なんかのドライフルーツが入ってしっとりして美味しそう。
大通りに軒を連ねる市場を遠くから恨めしげに眺めながら、匂いが届かないように奥まった路地へと入る。
――ティアったら、さっきの焼き菓子そんなに食べたかったの?
こくこく――とティアは悲しそうに頷く。
さすがに、無駄遣いはできない。神殿で働いていたときの蓄えはあるが、それでも小さな袋の中に銅貨が十五枚の銀貨が二枚。数日で路銀は尽きてしまう計算だ。
ちなみに今のフィヌイ様は、昨日のような大きな狼の姿ではなかった。街を歩くのには目立つということで、姿を変えている。
本人は、狼の子供の姿だと言い張っているが、ティアから見ればただの子犬だ――
それも・・白地に灰色が混じっている、もふもふの可愛い子犬なのだ。
これはこれで愛らしくって瞬時に心が満たさるが、愛らしすぎて心臓にも悪い。だが、その姿を見ていると少しだけお腹も満たされるから不思議だ。
――その焼き菓子。今度、食べさせてあげるからね。
「お金を払うとか、正規のルートでお願いします」
――ふふふっ・・大丈夫、店から盗んだりはしないよ。期待して待っていて!
「は、はい・・」
お腹がすいているせいか、思考がまともに働かずティアは曖昧な返事をする。
――それよりも、目的地にはいつ着くの?
フィヌイは、後ろからふらふらついてくるティアに尋ねる。
小さな肉球で石畳を踏みしめている。
お腹が空いてふらふらしながらも、その仕草を見ているとなぜか元気がでてくるから不思議だ。空腹でフラフラだったのに頭がシャキッとする。
神様の威光って本当に凄いと、他人が聞いたらよくわからないところで感心してしまう彼女ではあったが・・
「もう少しです。そこの店先に吊るされた、牡鹿の鉄製の飾り看板が見えますよね。その角を曲がって、二軒隣の建物です」
――ここだね。
「はい、この建物です」
見上げれば、灰色の石造りの建物がそこにはあった。ちょっとしたお屋敷のようで、造りは神殿の建物に似ている。
ティアは居住まいを正すと、着ているローブを整え、フードで目を見られないように深くかぶり直した。
呼吸を整えると、呼び鈴を静かに鳴らしたのだ。
チリン・・チリン
人が出てくる間、フィヌイは尋ねてくる。
――ここは、どこ?
「救護院です。孤児院にいるときお世話になった、先生がいます。ここなら最低でもご飯を食べさせてもらえますよ」
ティアはにこにこと、嬉しそうに笑うのだった。