見えてきた霧の先
「半分は知っている。だがそれも、推測の範囲内だ――まだ、わからないと言った方が正確な表現だろうな」
「どういうこと・・?」
ティアは眉をひそめると、胡散臭そうにラースを見つめたのだ。
あいつは、ラースはため息をつくと、
「お前の場合ここで説明するよりも、直接見たほうが手っ取り早いだろうな。・・まあ、ついてこい」
ラースは背を向け歩きだすと、ティアを促したのだ。少し迷ったが・・ティアは意を決して黙ってついていくことにする。
暗い地下水路をラースがやって来た方角へと進み、そしてほどなく足を止める。そこには、先ほど彼が倒したとおぼしき暗殺者たちの姿があったのだ。
相手は地面に倒れてはいるが、息はあるみたい。気絶しているだけだとわかり、ティアはほっと安心する。やっぱり、いくら敵でも死んでいる姿はできれば見たくはないものだ。
ラースは慣れた様子で気絶している暗殺者の一人を足でひっくり返すと、ティアにわかるように肩のところを指さす。
左腕の肩に近い服のところのが、刃のような鋭い物で切られていた。その隙間から刺青のようなものが見える。翼を広げた黒い蛇が、自らの尾を食らっている絵を簡略化したような模様。
「これは、『ウロボロス』という暗殺集団に属しているという証だ。構成員は皆この刺青を刻んでいる・・」
「初めて聞いたわ・・」
ラースは肩をすくめると、
「そりゃそうだ。まっとうに、表世界で生きている人間には知られていないからな。裏の世界に精通している者でなければ聞かない名前だ。
やつらのターゲットはふつうの一般人ではなく、上流階級の要人だ。その中に王族なども含まれることもあるがな。つまり、主に特権階級の人間をターゲットに暗殺を請ける集団――それがウロボロス。
構成員の大半は今は廃れた魔法が使え、暗殺に特化した攻撃魔法の使い手も多くいる。しかも、さり気なく事故死に見せかけてな」
「・・。そいつらが、私の命を狙っているの」
「ああ、そして依頼主も存在する。お前が聖女だと都合が悪いと考える連中がな・・」
ティアは息を呑み、しばらくじっとラースの話に耳を傾けていたがやがて口を開いたのだ。
「それでも私は、聖女であることを放棄はしない。初めは成り行きだったけど、フィヌイ様が選んだことにはきっと意味がある。辞めるときは、自分のできることを全てやりきった後と決めているの」
「ああ、そうかよ・・」
ラースが勝手にしろとばかりに呟いたその時だった。
――ティア、偉い――!! さすが僕が直接、選んだだけのことはあるね。これからは心おきなく、聖女としての修業もビシバシできるね!
聞いたことのあるいつもの声が頭に響いた。足元を見れば、見た目もふもふの愛くるしい白い子犬がいつの間にか足元でお座りをしていたのだ。
青い目を輝かせ、嬉しそうに尻尾もフリフリしている。
「フィヌイ様・・」
せっかくシリアスなことを言ったのに、この様子ではフィヌイ様の修業がさらに厳しくなる。そんな予感が、頭を過り、ティアは思わず苦笑いをしたのだ。




