ティアが選ぶ道
ティアのすぐ傍にいたのは、背の高い男だ――
いつの間に後ろを取られていたのか、完全に油断していた。
ティアは片手で口を塞がれ・・腰まわりも、もう片方の腕をまわされ固定されているため身動きが取れなくなっている。だが、諦めてなどいない。
誰が、おめおめと殺されてなるものかっっ!
こんなところで私の人生終わってなるものか――と反撃の機会を密かに伺っていた。そう、隙あらば膝とかどこでもいいが、急所に一撃くらわし、逃げだそうと考えていたのだ。
「ふ~ん、やっぱりそうだったか。ティアお前が聖女だったわけか・・」
決して大きな声ではないが、よく響く若い男の声。
私の口を片手で塞いでいる張本人。気がつけば、男の黒い瞳が私の顔を至近距離から覗き込んでいた。
鼻の先が付きそうなほどに顔が近い。端正な顔立ちなので、その辺の女子なら、頬を赤らめときめいていたかもしれないが、ティアはまったくときめかない。
その声には聞き覚えがある。
私は青い瞳で、相手の顔をおもいっきり睨みつけてやったのだ。
――ラース
私のことを聖女だと気がつき、探し回っていた男だ。
「もごっ、ふごふごふごふごふごふごっ―!」
なにやってるのよ!その手を放しなさい――! と言ったつもりだったが、悲しいことにふごふごとしか声になっていない。
だがラースは私が言っていることを察したのか、口を塞いでいた手をあっさりとどけると、腰にまわしていた腕も外したのだ。
「ガキを相手に手荒なことをするつもりはないし、俺はそこまで落ちぶれてもいない。
だが、悪いがこれだけは言っておく。聖女の資格を今すぐに返すんだ。そうでなければこれから先、厄介ごとに巻き込まれ、平穏無事な人生は送れなくなるぞ!」
「ラース、あんた・・私を殺しに来た暗殺者じゃないの・・?」
二、三歩距離をあけ、ラースから離れるとティアはあっけに取られたのだ。
どうやら、こいつは私の敵というわけではなさそうだ。もちろん味方と判断するのも早いが・・
ラースは呆れたような顔をすると眉を少し上げ、
「何いってるんだ、お前・・? 暗殺者っていうのは、そこに転がっている黒ずくめの連中のことを言っているのか?」
ラースが顎で示した先には――ティアの後方、暗がりの水路には暗殺者とおぼしき複数の人影が水路に倒れていたのだ。
「まさか、自分たちの後ろから奇襲をかけられるとは思ってもみなかったんだろうよ。
運よく裏をかくこともできたし俺としては楽勝だったな。ちなみに、こいつらを尾行してきたからお前を見つけることができた。道案内ご苦労さんってとこだ」
「あんた、いつの間に・・」
「正面から来る連中を主力と見せかけて、後ろから挟み撃ちにする予定だったんだろうよ。正面の主力は、今は姿が見えない『白い獣』が全滅させたようだし・・後方は俺が潰したからな。それでも、奴らはまだ本気じゃないようだ」
ティアは眉根を寄せると、疑問に思っていたことを口にする。
「あんた、こいつらが何者なのか知っているの?」
ラースは苦笑すると、静かに頷いたのだ。




