ディルの街の迷宮(6)
フィヌイは、カバンからめいいっぱいに顔をだすと、狼の髭をぴんっと張り、黒い鼻をひくひくさせ空気の匂いを嗅ぐ仕草をする。
――ふ~ん、ここ遥か昔に繁栄した都市国家ベルンの古代遺跡の中みたいだね。
「古代遺跡・・?この地下水路のことですか」
――うん、そうだよ。
フィヌイ様の話によると、商業都市ディルの街ができるずっと昔――
この大陸には古代の都市国家ベルンがそれはそれは栄華を極めていたそうだ。この場所は地方都市のひとつで、貿易の中継地として栄えていたそうで。
だが、ベルンの繁栄は東方からの遊牧民の侵略により終わりを告げる。この地も跡形もなく破壊され、その上にまったく新しい街が造られたのだ。
だがその遊牧民たちも、やがて西の大国の侵攻によりはるか東へと追いやられる。代わりにこの地には西の民族が移り住み、商業都市ディルの街の基礎ができあがり今に至るそうだ。
――人間って忙しいよね。気がついたら、あっという間に一つの国が滅びているんだから。もっと落ち着いて暮らせばいいのに。
「う~ん。私にはよくわからないですけど、それでも懸命に生きたんでしょうね」
人は完全な生き物ではない。間違えや愚かな選択をすることもある。私は人間で、寿命も短いしよくわからないが、神様の視点からは見渡せばそう見えるのかもしれない。
「つまりここは、古代の都市国家ベルンの人々が使っていた地下水路。その遺跡なんですね」
――うん。今でもディルの街の地面を懸命にほりほりすれば、当時の遺跡の欠片とか出てくるじゃないかな。でも、ここまで原形を留めているのも珍しいよ。
いずれにしろこの地下水路、僕の記憶では確か迷路のようになっているはずだ。まあ、それでも街の外にある上流の水源地にも繋がっているはずだから、このまま進もうと思うんだけど、どうかな?
「そうですね。上はなんか騒がしいし、街の中は・・今、出歩いたらとてつもなく危険ですし、このまま上流の水源地を目指しましょう」
こうしてフィヌイとティアは、上流にある水源地を目指し歩き始めたのだ。
だがしばらく進むと、フィヌイは僅かに毛を逆立てるとカバンから跳びだし、音もなく前方に着地する。
――ティア、前から複数の人の気配がする――! しばらくそこの柱の陰に隠れていて!
彼女にはまったくわからなかったが、いち早くフィヌイは察知できたのだろう。
ティアは頷き柱の影に隠れると、子狼姿のフィヌイは闇の向こうへと、すたすたと歩いて消えていったのだ。
私を探している暗殺者なのだろうか?
とても気にはなったが、ティアは言われた通りに柱の影にじっと身を潜めることにする。
だが、ふと何かの気配を感じ後ろを振り向こうとしたその時――
「――!」
突然後ろから、ティアは口を塞がれたのだ。