ディルの街の迷宮(5)
――ティアはできるだけ静かに地下水路に降りると、念のため上の地面が元の通りになっているか、手で押し確かめたのだ。
上の天井は石造りでとても固く、完全に元通りになっているとわかり、ほっと胸を撫で下ろし、
そしてゆっくりと息を吐き、周りの状況を冷静に観察したのだ。
周りは、暗く闇に包まれている。
日の光りが薄っすらと射しているところもあるが、やっぱり暗いまま。
それでもじっとしていると闇に目が慣れてきたのか、周りの光景が薄っすらと見えてきたのだ。
人為的に造られた、石造りの水路に僅かに水が流れる音。
やっぱり地下水路で間違いないようだ。
王都リオンにある水路とどことなく似ているが、ここの地下水路は長い間使われていないみたい。
周りの大半は暗闇だし、埃っぽくって石畳も所々で欠けている。おまけに少し姿勢を変えれば蜘蛛の巣にも引っかかり、気分が落ちこんでしまう。
それでもディルの街の下にある地下水路は思っていたよりも広い空間のようで、ちょっとした洞窟ぐらいの広さがある。
それに雨水だろうか・・? 細く水が流れる音がする。
あまり快適な空間ではないが、ここならしばらくの間、身を潜めることもできるはずだ。ティアはちょっとだけ安心したのだ。
上の地面ではティアが地下水路に潜ってすぐに、せわしなくバタバタと複数の足音が聞こえるていた。もしかしたら私を探しているのかもしれないと、とたんに緊張してしまう。
これでは明かりをつけるのは止めた方がいいかもしれない。
そういえば、フィヌイ様は大丈夫だろうか・・
無事なのは間違いないが、ちゃんと合流できるといいんだけど――そんなことを考えていると、急に肩掛けカバンにずしりとした重さを感じたのだ。
急にもぞもぞとカバンの中が何かが動いたかとおもえば、ひょっこりと隙間から顔をだす、白っぽい動物の姿。
おまけに、二つの目が金色に輝きキラリとこちらを見つめたのだ。
「――っ?!」
唐突な出来事にびっくりして悲鳴を上げそうになったが、寸でのところで両手で口を抑える。
――やあ、お待たせ・・! ティア、もしかして僕のこと呼んだ?
ティアは暗闇に少し目が慣れたとはいえ、それでも周りがあまりよく見えていない。確認のため片手でおそるおそるゆっくりと撫でてみる。
「・・!」
この良質なもふもふで幸せなさわり心地。毛の柔らかさ、これはフィヌイ様に間違いない!
その正体はやはりというべきか、子狼姿のフィヌイ様がいつものカバンから顔を出しただけだった。
「あの~本当にびっくりしたので・・寿命が縮むような登場の仕方は、今度から止めてください・・」
ティアは安心して半分泣きそうになっていたのだ。
――あれ?びっくりした・・
「当たり前です。あんなに、急に現れるんですから」
――ティアは神様の僕と正式に契約をしているから、瞬時にティアの元に駆けつけることも可能なんだよ。話してなかったっけ?
「初めて聞きました・・」
――それじゃ、覚えておいてね。
そう言うと子狼姿のフィヌイは、可愛らしい耳をぴくぴく動かしたのだ。




