ディルの街の迷宮(3)
――夕暮れになり、商業都市ディルの街は茜色に染まっていた。
だがこの明るさもすぐに消え、夕闇が訪れる時間となる。そうすれば、すぐに夜の闇が降りてくるのだ。
ラースはティアの姿を探し街の中を走っていた。あんな僅かな時間で、ここまで行方をくらますとは正直、甘く見ていた。自分の失態に思わず唇を噛む。
あいつらよりも早くティアを見つけたいが、彼女の身の安全はについては、ほぼ大丈夫だと心のどこかでは確信めいたものがある。
ティアの傍には、子犬のフリをしている例の得体のしれない白い獣がいる。
あの獣、低い評価で見たとしても大きな魔力を操り、高度な人語も理解している。はるか北にあるという神域、大森林に精霊と共に住む聖獣か、それ以上の代物だとラースは見ていた。
まあ、世間でささやかれている噂では、この国の神と共に聖女は神殿を飛び出し旅をしていると聞く。
・・が、噂はあくまでうわさに過ぎない。
先入観を持ったままでは、真実を見落としてしまうこともある。報告をする以上、着実に証拠を重ねていく必要があるのだ。
それにラースにとって神の存在など半信半疑。
聖職者でもあるまいし、噂そのものを鵜呑みにするのもどうかと思い・・胡散臭と思っているのが本音だ。
実際に、この目で確かめるまでは信じることなどできはしない。
もし、本当に神だった場合は・・そのとき考えればいいだけのこと。
街のざわめきを聴きながら、混みあっている市場を歩き、ティアならどう進むのかを考える。
相手は宿に大半の荷物を置き、買い物をしていたのだ。ならば、一度は泊っている宿に戻ろうとするはずだと結論に至り、
そうすると旅人相手の宿屋がある通りは、一か所に集中しその全てが表通りに面している。
わざわざ表通りの正面玄関から入るのではなく、狭い路地を通り裏口から入ろうと考えるはず。・・なら迷路のように路地が入り組んでいるディルの街だが、自然とティアが通るルートが絞られてくる。
そう結論づけると、怪しまれない程度に小走りでラースはここから近い路地へと向かったのだ。
「くっしょん!」
――むむ! 誰かが僕の噂をしているみたいだ。
ティアはふと笑いながら、カバンから顔を出している子狼の姿をした、もふもふのフィヌイを見つめた。
きっと緊張をほぐそうとしてくれたのだろう。
「ここ少し寒いですから、風邪のひき始めかもしれませんよ? この地下水路、地上に比べてひんやりしていますから。ついさっき私もくしゃみがでました」
――そうだね。ここ少し寒いね。ここを出たら温かい物でも食べよう。まあ、仮にこのくしゃみがただの噂だとしても、取るに足らないことだろうし。
フィヌイはそう言いながら、地下水路の先を見つめたのだ。




