ディルの街の迷宮(2)
――ユラリ
空気の流れが変わったと思った時には、霞のようにいつの間にか影が姿を現していた。
フィヌイ様が言っていたもう一人の暗殺者のようだ。
仲間の無様な様子に冷たい視線を送りつつも、しかし当人は困惑を隠しきれないでいた。
仲間は見えない何かに弾き飛ばされ石の壁に激突。強い衝撃のためか壁も少しへこんでる。どうやら、こちらに得体の知れない力があるように見え、うかつに動くことができないようだ。
ちなみに壁にぶつかった暗殺者は立ち上がろうとしているようだが、足元がふらついてなかなか立ち上がれずにいる。脳震とうでも起こしているのかもしれない。
実際には得体が知れない力ではなく、フィヌイ様がふさふさの大きな尻尾で暗殺者を弾き飛ばしただけなのだが・・
他の人には大きな白い狼の姿をしたフィヌイ様の姿は見えてはいないので、不気味に感じるのだろう。
それでも周りの空気はピリピリとしている。
周りから姿は見えないが、今のフィヌイ様には凄い威圧感がある。無意識にそれがわかっているのか、もう一人の暗殺者はこちらに手を出せずにいた。
フィヌイ様はふさふさの尻尾を横にゆらゆらと揺らしながら、上体を低くしていつでも跳びかかれるような姿勢を取っており、地の底に響くような低い唸り声まであげている。どうやら、そうとう怒っているみたいだ。
だが、その頃にはティアの足の震えもようやくおさまっていた。
そしてしばらくの沈黙が続いたのち、先に動いたのは暗殺者のほうだった。
タンッ――
我慢くらべに痺れを切らし動いたのか・・一度、右手に跳んで横からティアをめがけ数本の暗器を投げてくる。
キィッッ――
もちろんフィヌイ様の力によって見えない壁に弾き飛ばされたが、今のは気を逸らすためのおとりだったようで、今度はティアの後ろに飛躍しそのまま短剣を構え切りかかってきたのだ。
フィヌイ様はそんなことなど分かっていたとでも言いたげに短く鼻を鳴らすと、余裕で首を曲げて顔だけを後ろに向ける。そして、見えない衝撃波を放ったのだ。
もう一人の暗殺者もあっけなく吹き飛ばされ、近くに置いてあった樽置き場に激突したのだ。
それを見届けてからフィヌイは、ティアの顔を見ると目で合図を送る。
その瞬間、ティアは全速力で駆け出したのだ。
今しがた、樽に衝突した暗殺者の脇をすり抜け路地の奥へと駆け込む。
フィヌイは、苦悶の表情で地面に転がっている暗殺者たちを見下ろすと、
――つまんないな。ぜんぜん準備体操にもならなかったよ。僕たちの力を試すためだけに送られてきたみたいだけど、引き際をしっかり考えないと大けがをするのに。でも、命があるだけまだましだと思ってよね。
ティア以外の人間には声は聞こえないとはわかってはいる。でも、思わず愚痴をこぼしたくなるもの。
そしてフィヌイは軽やかに身をひるがえすとティアの後を追う。
暗殺者は、あの二人だけではないことはわかってはいる。
そいつらを差し向けてきた相手は、徐々に包囲網をディルの街の中に作りティアを追い詰めようとしている。
だけど自分がいる限り相手の思い通りになりはしない。フィヌイはそう思いながらティアを守るため後を追ったのだ。




