話を聞かず逃亡する
「そ、そうね・・聞いたことはあるわ」
平静を装いつつ、ティアは運ばれてきた紅茶をズズッ飲みほすと、
「一緒の牢に入れられていたガキどもの数人が妙なことを言っていた。それが気になって、お前を探していた。例えば、痛めていたはずの所が、気がついた時には綺麗に治り、痛みもひいていたとか・・」
「そう・だったのね。・・じつは私、黙っていたけど、旅の修道女なの。だから少しは治療魔法を使えて・・まあ、ほんの少しだけど。それにあまりにも痛そうで、それでも我慢していたから子供たちの怪我をそれとなく治しておいたのよ。ただ、あまり目立つことはしたくなかったから何も言わなかったの」
「そうか。だが、おかしな話だな」
ラースの目は、心なしかさらに鋭く冷たくなったような気がする。
「俺が牢に入れられたとき・・ガキどもの怪我の状態を確認して簡単な応急処置だけはしておいた。一人は骨折、あとは肩とかの打撲がほとんどだったが、妙だな・・。治癒魔法を使うとなると一定時間はじっとしていなければならないはずだ。それに骨折を瞬時に治すことなど不可能。そんな芸当ができるのは俺が知る限りでは一人しかいない。この国の主神の加護を受けたという『聖女』と呼ばれる奴だけだ」
「あ、いけない! そういえばこの後、用事があったんだ・・。大変すぐに出かけないと!」
ティアは白々しく大きな声をだすと席を立ったのだ。
「おい・・話の途中だぞ・・」
「フィーも行くよ。急がないと遅れちゃう」
「キャウ!」
フィヌイ様は耳をぴんっと立てお座りをすると、お行儀よく返事をする。
「おい、まてよ!人の話を聞け・・」
ティアは右手には買い物の荷物、左には子狼の姿のフィヌイを小脇に抱え、店の入口まであっという間に移動すると後ろを振り返り、
「ラース、今日はおごってくれてありがとう! その話はまた今度ということで、それじゃ、さよなら~」
店の扉を閉めると、ティアは脱兎のごとく逃げだしたのだ。
出入り口に付いているベルだけが静かに、店内に鳴り響く。
はっと、ラースは我に返ると、
「あいつ~ まだ、話の途中だぞ・・」
彼はティアを追いかけるため席を立ったその時だった・・
誰かに、後ろからがしっと肩をつかまれたのだ。
「お客さん・・お会計がまだですよ。まさかとは思いますが食い逃げじゃないでしょうね?」
強面で大柄な、店の亭主の姿があったのだ。
「おぅ・・」
ラースは渋々、会計を済ませると急いでティアの後を追う。
この間にも時間ロスは発生している。なんとしても、あいつらよりも先に急いでティアを見つけなければいけないそう思ったのだ。




