聖人が訪れる村 (2)
騙された――とティアは思った。
フィヌイ様は教え方は厳しいからね――みたいなことは確かに言っていた。・・だから嘘ではない。
でも・・あの、もふもふの愛らしい子狼の姿でそう言われれば、きっと親切に教えてくれるだろうと勘違いしてしまうものだ。
これがもし、大きな狼の姿で話してくれれば実感として湧いたのにと思いながらも・・
ん?え~と・・つまり大きな狼の姿で話をしなかったのは、村長さんの家の床が陥没して抜け落ちる心配があったからとか・・・
これはただのしょうもない推測で、今さらこんなことを考えても仕方がないが・・
そう、今はこの状況を切り抜けることが先決だ。
足元を見れば、崖の下では雲がかかり地面がまったく見えない。
プルプルプル・・駄目だ、また足が震えてきた。また、このパターンか・・と思う。
切り立った岩山にティアは、一人ポツンと取り残されていた。
思い返せば少し前のこと・・基本の魔法を扱う課題は難なくクリアすることはできた。
まあ、そりゃそうだ。一つの属性、しかもフィヌイ様の加護が大きい「地属性」だけだし。その系統の魔法の発動は難なくできるものなのだろう。癒しの御手だって、苦も無く覚えられたのだ。
それに、気を良くしたのかフィヌイ様ときたら、ご機嫌な様子で尻尾をぶんぶん振りながら、
――ティアって凄い! 後は実戦で使えればもう完璧だね。それじゃ次は実戦に対応した訓練をしようか。
とか言われ、気がつけば切り立った岩山の上に一人で立っていたのだ。
遠くをみれば、手のひらサイズの村が眼下に小さく見えるし・・。どうなってるの・・
「・・・!!」
そして近くの岩山を見れば、大きな白い狼の姿をしたフィヌイ様が期待を込めた眼差しでこちらを見ていたのだ。
――今日の課題は、ここから村に戻ることだよ。
白くて大きな尻尾をふりふり振っている。
いつもならこのもふもふで癒されるが、今のティアにそんな余裕などなかった。青白い顔のまま・・
「あの・・ここベルヒテス山のどこかだと思うんですけど・・こんな切り立った岩山から村に帰るの普通の人間には無理です」
――ティアだったら平気だよ。なんたって聖女なんだから!この辺も隠者や戦士が修業していた場所だから人間でも大丈夫だよ。
この自信は一体どこから来るんだ・・そもそも聖女がこんな戦士みたいな修業をするわけないだろ!と心の中で突っこんでしまう。
――これが実践の訓練として一番手っ取り早い方法なんだ。教える時間もないし、短期間でもしっかり習得できるから大丈夫。
あ・・! 言い忘れてたけど・・この間、山崩れを起こしたから地盤が緩くなって落石が多くなっているかもしれない。だから、気をつけてね。
僕は一足先に村に戻るからそれじゃ、頑張って。
「ま、待って・・!」
ティアの声が虚しく山々に響き渡る。
いつの間にか、フィヌイ様の姿は綺麗に消えていたのだ。
「うぅ・・鬼だ~~!!」
涙目になりながらも、しばらくの間フィヌイ様への文句を言いながらも、這いつくばるようにして慎重に崖を降りていく。
だが、それでもやはりお腹は空いてくるもの。
余計なことにエネルギーを使うのはもう止めよう。楽しいことを考えようとティアは気持ちを切り替え。
そうだ!今日の夕飯はきっと美味しいものが出てくるぞ。それまでに村に絶対に帰るんだ・・と気持ちを新たにしたとき、
上の方から、なぜか小石がパラパラと落ちてきたのだ。
ふと、空を見上げると大きな落石がいくつも転がってくるのが見える。
「ぎゃあぁ~!」
ティアは、突如訪れた絶体絶命のピンチに悲鳴を上げたのだ。
――ふんふん・ふん♪
フィヌイは子狼の姿で丸くなり、村の入口の草原でひなたぼっこを楽しんでいた。
上下に動かした自慢の尻尾の先にトンボが止まる。
狙いを定めて、前足で捕まえようとするがすぐにトンボは逃げてしまう。
――そういえばティア、頑張っているかな。村に帰ってきたらすぐに出迎えてあげなくちゃ。夕方ごろには帰ってくるだろうから、それまでひと眠りしようかな。
フィヌイは呑気に欠伸をすると、また丸くなりひと時の昼寝を楽しむことにしたのだ。
そしてティアは、一番星が輝くころ、夕飯を食べるために決死の思いで村に帰ってきたのだ。




