聖人が訪れる村 (1)
――何をしてたの?
「薬草の整理です。近くの山で採取した植物や、この村で育てている薬草も分けてもらって、その全てを広げてどういった調合に使えるのか考えていたんです。
専門家でもないので大した組み合わせは思いつかないですが、『癒しの御手』に頼ってばかりもいられないですし、どういう状況になっても対応できるよう備えも必要ですしね」
――ティアは、勉強熱心なんだね。
ふむふむと感心したように、子狼のつぶらな瞳でティアを見つめている。
並べられていたのは、セージ、ローズマリー、タイム、ミント、ラベンダー、唐辛子など・・
治癒魔法が使える神官がここにはいないこともあり、この村では薬学が発達していた。
ティアはここ最近は、村の診療所の薬師のもとを訪れていた。そこでは癒しの御手で治療の手伝いを行ったり、薬師からは薬草などについて教わったりしていたのだ。
「例えばこの唐辛子なんかは、料理にも使えますけど・・使い方によっては、凍傷の予防や消毒薬、または護身なんかにも役立つんですって」
――へ~ なるほどね!
「あ、すみません。私ばかり話してしまって・・それで、大切な話っていうのはなんでしょうか」
――実はずっと、考えていたことがあるんだ・・
「・・フィヌイ様?」
いつもだったらすぐに、ずばっと話をするのに珍しく言いづらそうな様子で、
――やっぱりちゃんと話をしないといけないと思ってね。ねえ、ティア・・『癒しの御手』以外にも、魔法を覚えてみない?
「それは治癒魔法以外ということですよね? 平和な時代が訪れてから廃れてしまった魔法・・
フィヌイ様にはちゃんとした理由があるということでいいんですね。どうかそれを教えてください。そこから判断し決めたいと思います」
――・・わかった。ちゃんと話すよ。
フィヌイは静かに頷くと、
――ティアは、まだ覚えているかな。王都リオンを出るときに通った東の門での出来事を・・
「もちろん覚えていますよ。あの時はひやひやして、いつ見つかるんじゃないかって思ったんですから」
――その時、神殿の関係者以外にも・・見張り台の上に黒いローブを羽織った奴がいたよね。
「あ・・ええ、そうです。やっぱりフィヌイ様も気づいていたんですね」
あの時は、なんとか無事に王都を脱出できたが、門を通ったときティアが最も怖いと思ったのは神殿の関係者ではなく、黒いローブを羽織った人物――
――それにカリオン侯爵家の嫡子、ウィルにかけられた呪いといい、なんだか気になってね。
これから先、追ってくるのが神殿の奴らだけなら大したことないけど・・黒いローブの連中が関わってくると少し厄介かもしれない。そいつらの狙いは・・ティアか、僕かそれはわからないけど、
フィヌイは青い目を一瞬、冷たく光らせると、
――邪魔をするなら・・そう、いざとなったら契約を放棄しても片っ端から殲滅することもできる。
けど・・それもあとあと面倒だし・・しばらくは様子を見ることにする。
そんなことをすれば、私が社会的に生きていけなくなることを心配して、そう言ってくれているんだとティアは思った。
戦乱の時代、フィヌイ様は国を守るため戦いに協力してくれたと伝承にはある。
やっぱり私の今までの考え方は甘かったのかもしれない・・・それでも最低限、自分の身は自分で守るようにしなければいけない。
フィヌイ様に全てお任せで、自分は安全なところで震えながら見ているだけなんて絶対に嫌だ!
「私、癒しの御手以外の魔法も覚えてみたい!なるべくフィヌイ様の足を引っ張らないようにする。だからお願いします!」
――僕はとても厳しいよ。それでもいいの?
「大丈夫です・・私、やってみたい」
――わかった。さっそく明日の早朝から訓練を始めるからね。
「はい!」
その時はやる気に満ちていたが、見た目の可愛さとは違い・・フィヌイ様のあまりの厳しさにティアは一日目から挫折しそうになっていた・・




