癒しのもふもふ
「アリア様・・!」
ティアは真っ青な顔で、聖女の名を口にしていた。
「不穏な気配を感じとり、祭壇の間に来てみれば、我らが神の像をあなたが壊すところに出くわすとは・・なんて娘なの!信じられないわ・・」
「違います・・私はそんなことしていません・・」
震える声で、なんとか言葉にする。
――私はそんなことしていない、本当になにもしていない・・
そう、言葉にしようとしたとき、頬に痛みが走った。
手で顔を触ると右の頬が腫れ、ひりひりと痛みを感じる。
そのとき、聖女であるアリア様が私の顔を平手打ちしたのだと理解したのだ。
じんわりと、目に涙が浮かんだ。涙がこぼれないように必死で我慢する。
「貴女には、天罰が下るでしょうね」
怒りと、憎しみに染まった薄い水色の瞳が強く印象的だった。
もうなにがなんだか、わからない。
だが、すぐに私から視線を外すと、聖女様はよく通る声で人を呼んだのだ。
「すぐにあの娘を追い出しなさい!・・このような不届き者を神殿に置いておく必要などありません。神の御心を踏みにじる行為をした者です」
「ですが、神官長は不在ですので・・お戻りになるのを待ってから、処分を下したほうがよろしいのでは」
「私の言うことが聞けないのですか!神官長が不在なら、全ての権限はこの私にあります。聖女である、私の言うことが聞けないのですか?」
駆けつけた神官の方と、聖女様がもめている中、私は懸命に割って入る。
「ち、違います。本当に違うんです。私が後ろを向いて扉を閉めようとしたら、像が祭壇から落ちて、私は何もしていません」
「言い訳なんて、なんて見苦しい!」
懸命に訴えたが、私の言葉など結局、誰も信じてもらえなかった。そこからの記憶は曖昧だった。
気がつけば、私は自分の荷物ごと神殿から追い出されていた。
「・・・これからどうしよう。行くあてないしな」
いつまでも、過ぎたことを考えていてもしかたがないのはわかっている。でも先ほどのショックから立ち直れないでいた。
いつしか日も暮れて、夜の闇が広がっていた。
石畳に座りうなだれていると、ふっと何かが近づく気配がしたのだ。
最初に、もふもふとした温かい毛の感触が顔にふれ、犬の鼻のようなものがぺったと、触れたような気がした。
びっくりしてティアは顔を上げと、
目の前、ほぼ至近距離に、ふさふさの毛並みをした白い大きな犬のような動物がいたのだ。
――白い狼だ。
犬にしては大きく精悍な顔立ちだし、なにより彫像で見たライオンと同じぐらいの大きさがある。
でも、不思議と怖くはなかった。だって、青い瞳がとても優しい。
気づかわしげに白い狼は、ティアに鼻を寄せてくる。
思わずティアは、狼の首筋に抱きつくと子供のように泣きだした。もふもふの毛の中に顔を埋めると心が癒され、安心する。
気がつけば、彼女はそのまま眠りへと落ちていったのだ。
――君に決めたよ。良かった、少しでも元気になってくれて
眠りにつく直前、そんな声をティアは聞いたような気がしたのだ。