下界を眺める
――辺りには、真っ白な霧が広がっている。
それは自分の腕を伸ばして、指先がやっと見えるほどの視界の悪さで、
「朝の散歩にでたの、失敗だったかも・・」
こう、視界が悪いとなにも見えないものだ。草についた朝露で足元はびしょびしょだし、早朝の間に村を見ておこうと思ったのだが、上手くはいかないものだ。
それにフィヌイ様も家の中にはいなかったし、外にいるかもしれないと思い、探しにでたが・・一体どこへ行ったのやら。
出会った時から一緒にいてくれて、傍を離れるなんて今までなかったのに。何かあったのかもしれないと不安になってしまう。
ふっと空を見上げると、僅かに雲の隙間から青空が見えてきた。
雲間から青い空が広がりを見せ、朝の光りが差し込んだと思った瞬間、いつの間にか霧は無くなっていたのだ。
途端に視界が開けたかと思うと、村の景色がその姿を現す。
目の前には遠くの山並みも見え、その中でも最も雄大なベルヒテス山の絶景も広がっている。
「・・?」
そしてもう一人、ティアと同じように山を見上げる人物がいた。知っている後ろ姿にティアは声をかける。
「村長さん、おはようございます」
「おお、これは聖人様・・おはようございます」
ティアの姿に気がつくと、振り返り恭しくに挨拶を返したのだ。
「なにをしていたのですか?」
「神様の意思を読み取り、聴いておりました。早朝でなければわからないのですよ」
「・・?」
「つまりは、聖なる山に浮かぶ雲の形を見ていたのです。そこから、神様の意思を読み取ることができます。ちなみに今日は神託は、『夜までには帰るので、夕飯の支度はしておくように』とのことですじゃ」
「え・・?」
今の、聞き間違い・・ ティアの目が思わず点になる。
「それって、フィヌイ様が言ってるんですよね」
「もちろん。山にかかる雲から読み取れます。毎朝、こうやって神様の神託がないか見ております。
ちなみに、神様や聖人様が来た日の朝も『しばらく村に滞在するから準備をするように』と神託がありました。代々村長の家に伝わる神様の声を聴く手段ですじゃ」
ティアは目を皿のようにすると、ベルヒテス山に浮かぶ雲を見てみる。
しばらくそうやって見ていたが・・はっきり言ってまったくわからない。
ただ、山頂には雪が積もり、白い雲が幾つか浮かんでいる。それだけしかティアには分からなかったのである。
ちょうどその頃、ベルヒテス山の山頂では――
「まったく懲りない奴らだな。今まで僕の慈悲を無駄にしておいて。いい加減、日ごろの行いを見直せばわかることなのにね」
白銀の毛が太陽の光に照らされ輝いていた。
大きな狼の姿となったフィヌイは、雪が積もる山の峰から下界を見下ろしていた。
その目は綺麗な青色だが、鋭利な刃物のように鋭さがみえる。
昨日の朝、ティアが通った街道側の登山口。そこには神殿の関係者らしき人物の姿が、十人以上は見えていた。
「ここは、僕の許可なく入ることはできない神域。いったい誰の許しがあって、神域である山に踏み込もうとしているのか・・少し警告をあたえないとわからないみたいだね」
フィヌイはその場で一度足踏みをするとその途端、街道側の山の斜面が崩れ、大規模な山崩れが起きたのだ。
丁度、山に踏み込もうとしていた神殿の関係者たちが巻き込まれた様子が見える。
だが幸いなことに、怪我人はでたが死者は一人もでていない。規模の大きさに比べれば奇跡と言っていいだろう。
その怪我人も・・直接的な山崩れに巻き込まれたわけではなく、山崩れに驚いて逃げる途中で石につまずき、顔面を強打したり、脚を挫いたりと恥ずかしい怪我のしかたではあったが・・・
そしてこれからしばらくの間、街道側のベルヒテス山の登り口は山崩れのため、完全に立ち入り禁止となったのである。




