呼び方は気にしない・・
次の日の朝、専用の寝床にはフィヌイ様の姿はなかった。
私より早起きとは、珍しいこともあるものだと、ティアは首を傾げながらも朝の身支度をする。
陶器に淹れられている澄んだ水で顔を洗い、髪をとかし着替えをすませる。
家の中ではすでに人の気配が感じられた。この村の人たちは、夜明け前から起きて働いているようで、
この家には、村長のブルクさんと奥さんが二人で住んでいる。平屋でしっかりとした造りの建物で部屋数も多くある。
ティアは自分たちが使っている部屋をでると、気配のする居間のほうへと向かうことにした。
居間の奥にある台所では奥さんが忙しそうに煮炊きをして、朝食の準備をしている。
ティアの姿に気がつくと、はたっと手を止め恭しく頭を下げたのだ。
「おはようございます。聖人様、昨晩はよく眠れましたか」
ティアも奥さんに挨拶をすると言葉を続け、
「はい、皆さんのお陰でよく眠ることができました。すみません、こんなにも気を使っていただいて・・」
さすがに・・聖人様って呼び方は、どうでもよくなってきた。この村で訂正するのはもう諦めよう。下手に訂正すると、この村では非常にややこしい事態になるような気がするし・・
この際、聖人様でも ポチでもなんでもいいや。好きなように呼んでくれて構わないという気分になってくる。
これもフィヌイ様の、半分はしょうもない企みなのかとため息がでるが、今は顔に出さないように努める。
「とんでもありません。私どもとしては、千数百年ぶりに訪れた神様や聖人様のお世話ができるなんて、こんな光栄なことはありません。老い先短い身ですが、これほどの幸運に恵まれるとは・・うっうっ・・」
感動のあまり泣きだしてしまった。
なんか気まずい・・これでは、何か手伝いましょうか――とか気楽に言えないよ!どう考えても言いづらいてば。
そもそも、私そんなに偉くないし・・困っるてば!
「皆様が快適に過ごせるよう、精一杯お世話をさせていただきますので、どうぞよろしくお願いします」
「はい・・ですが、お体に気をつけて決して無理はなさらないでください」
奥さんも、村長さんと同じご高齢なので心配になってくる。
だが、もともと世話好きで人のよさそうな老婦人のようだし、ティアは手伝うのは諦めることにした。家によってはやり方も違うし、下手に手伝っては相手を困らせることにもなりかねない。
こうなったらお言葉に甘えて、たまにはゆっくりしようと腹をくくることにする。
「では私は、朝食ができるまでの間、少し村を散歩してきますね」
「はい、聖人様が戻るまでの間には準備はしておきます。それと外はまだ寒く、深い霧が出ていますので、どうぞお気をつけて」
ティアはお礼を言うと居間を後にする。
部屋に戻り、いつものローブを羽織ると、玄関の扉を開けたのだ。
すると、白い霧が辺り一面に広がっていた。
フィヌイ様と初めて出会った朝を思い出す、そんな光景だった。




