懐かしい思い出
結局、その日は村長さんの家にご厄介になることになり、
身体に優しい夕食を食べさせてもらい、早めに床につくことにした。
フィヌイ様専用の、ふわふわの子犬用の寝床もしっかり用意されていたので、これには少し驚いてしまう。
寝台の中で仰向けになると眠りにつくまでの間、いろいろなことを考えていた。
私たちが訪れることを事前に知っていたかのような雰囲気の村人たち。普通に考えれば奇妙ことではある。
だがフィヌイ様はとても落ち着いていて、さも当然だと言わんばかりに受け入れていた。
「ひょとして、前にもこの村に来たことがあるんじゃないですか?」
私の追及に、きょとんとした表情をフィヌイ様は浮かべ。可愛い・・!でもこの顔に騙されてはいけない。
――もちろん。ベルヒテス山は僕の力を回復させるための神域で、お気に入りの場所だからね。山に行ったら必ずこの村に立ち寄よることにしているんだ。もしかして、話してなかったっけ?
「私は、なにも聞いていません・・」
ティアは大きなため息をついた。いつものこととはいえ、やれやれである。
とんだ取り越し苦労だった・・。
あれこれと余計な心配をする必要もなかったし、村の人たち受け入れてくれるとわかっていたら、日没までに着かなければと、己の限界にチャレンジごとく、全速力で山を駆け降りることもしなかった。
こんなことなら、もう少し慎重に山道を降りていたのにと、思わず頬が膨らんでしまう。
――ティアったら、怒ってる。
「怒っていません」
――心はもっと広く待たなくっちゃ。怒ってばかりいたら眉間にしわが寄るよ。
しわが寄ると聞いて、慌てて自分の眉間を手で触ってみるが、
――ティアのお肌は、もちもちでしわなんてないから大丈夫だよ。
と言いながら、専用の寝床で丸くなり尻尾をふりふりしていたのだ。
「・・・。」
――ただ、少しだけ・・昔のことを思い出していたのかもしれないね。
「フィヌイ様・・」
いつもの調子から急に、優しく寂しげなフィヌイ様の青い瞳にティアは戸惑った。
――村長がティアのこと、聖人様って呼んでいたでしょ。
「ええ・・聖女から、なぜか・・聖人って言い直してましたね」
――あれは、僕がこの村を訪れるときに一緒に連れてくるのが聖女とは限らないから。だから一括りに聖人って、この村では呼んでいるんだよ。
「つまり、男女どちらを連れてくるか分からないからってことですか?」
――そうだね・・。前に、僕がこの村を訪れたとき一緒に連れてきたのは若者だった。
「でも、フィヌイ様が神殿にいたときは・・傍にいたのは代々ずっと聖女でしたよね」
――この国ができてから、聖女を選ぶことが圧倒的に多い。けどその前は・・稀に男を神の代弁者として選ぶこともあったんだ。
「その人と一緒に、この村に来た時のことを思い出していたんですね。どんな人だったんですか?」
――初夏の光りのように真っすぐで、強くて優しい若者だったよ。
「え~と・・それは、いつの話なんでしょうか・・」
――う~ん。 千年ぐらい前だったかな・・とにかく、ついこの間のことだよ。その子にティアがよく似ているんだ。だからつい、その子に話したことをティアにも話したような気になって勘違いしてたんだね。本当に懐かしいなあ・・
似ていると言われても正直複雑だ。相手は男の人だし・・なんだかなぁ、
「ちなみにその人は、最後はどうなったんですか。やっぱり神官として生涯、フィヌイ様の言葉を伝え続けたとか」
――ふふ、良き王となったよ。民からも慕われる賢王として、国を豊かにしていた。
「え、その王様ってひょとして、この国の・・」
――さあ、どうだろうね。夜も遅いしそろそろ眠くなってきちゃった。この話はまた今度ね。それから、しばらくはこの村に滞在するから、出発も少し遅らせよう。・・それじゃおやすみ、ティア・・」
そう言うと、フィヌイ様は静かに目を閉じたのだ。




