修業の成果
星が輝き始めていた。
辺りは少しずつ濃い紫色になり、夜の帳が降りているようで。
急がないと――夜になれば、足元が見えなくなり歩くのも危ない。
それに今夜は、下弦の月を過ぎた辺りで新月へと近づいている頃。そうすると月の光が弱くあまり明るさも期待できない。
そして、この山道。ほとんど獣道と言ってもいいほどで、あまり人も通ってはいないようだ。
だが、幸いにもフィヌイ様は子狼の姿。夜目が利くのでカバンから顔をだして、あっちだこっちだと指示はだしてくれている。・・くれてはいるが、山道を走って降りているのはこの私なのだ。
以前は神殿で下働きの仕事をしていたので、朝早くから晩まで休みなく働く生活をしていた。だから体力には自信はある。
そして、最近思うことがある・・・
フィヌイ様と一緒に旅をするようになって、以前よりさらに体力と持久力がついてきたような気がするのだ。
これでは聖女としてではなく、戦士になるための訓練か修業を積んでいるのではないかと思ってしまう。
いや・・特に、淑やかな聖女を目指していたわけではないが・・かと言ってムキムキの戦士にもなりたくない。
この神様は、なにを考えているのかと疑問が浮かんでしまう。
ちらっと、カバンから顔をだし快適そうにくつろいでいるフィヌイ様を見ていると、
これは、なにも考えていないなと・・・結論に至るのだ。
やがて山の麓に視線を向ければ、明かりがぽつぽつと見えてきた。フィヌイ様の言う通り小さな村があるようだ。
――やったね。もう少しで村に着くよ。ほら、もう一息! 応援するから頑張って、ティア!
砂利に足元を取られないように、木の根や岩を軸に、慎重に素早くティアは山道を駆け降りていく。
ここまでの修業で山を駆け降りるコツを掴んだみたいだ。
だがふと、ある疑問が浮かんだのだ。
「あの・・フィヌイ様」
――どうしたの?
「私たちが今、向かっている村なんですが、宿屋ってあるんですよね・・」
――やだなぁ~ そんなのないに決まっているじゃない。旅人なんてまずこない所だよ。村人の家に泊まらせてもらえばいいよ。
「いや・・でも、このままだと日没すぎに村に着く予定なんですが、村の人は泊めてくれるんでしょうか?ただの怪しい奴だと思われて、村にも入れてもらえないんじゃ・・」
――大丈夫!そんなの余裕に決まってるじゃない。だって、ティアは聖女なんだよ!
「・・」
フィヌイ様が、よくわからないことを言っているがそれは置いといて。
夜がきてからやってくる旅人。しかも、街道から外れた山奥にある地図にも載っていない小さな村。
どう考えても、外の世界とは交流がないように思える。
このまま村に入っても大丈夫だろうか。軒下を貸してもらえればまだ良いが・・
魔物とかと勘違いされたあげくに、追い回され命からがら逃げだす。そんな心配が頭をよぎったのだ。
そんなことを考えているうちに、麓に見えていた小さな明かりは、次第に輪郭をともないはっきりと見えてきたのだ。
家々の明かりとは別に、村の入口に大きな光が二つ輝いている。近づいて行くと松明の明かりだとわかり、その傍には人影も見えたのだ。
ティアは思わず足を止めた。
すると、フィヌイはカバンからぴょんと飛び降りると前を歩き始める。
――ここからは僕について来て、大丈夫!なんの心配もないよ。
自信に満ちた表情で、堂々とした足取り。だが・・子狼の姿なのでなにかが違う。
その姿は、おお威張りで歩く子犬のようで。
大きな狼の姿なら威厳もあって、決まっていたのにと残念に思うティアだった。
そしてだんだんと村に近づき、人影がはっきりと見えてくる。どうやら、私たちが来るのを待っていたようだ。
緊張しながら村の中へと入ったとき、集まっていた村人の中から小さな老人が歩み出てきた。
この村の村長さんといった風格の人で。
「私は、この村で村長をしておりますルクと申します。お待ちしておりました、我らが神よ。そして、聖女様・・」
「え、あの・・私は聖女ではありません。ただの旅人です」
ティアの返しに、村人の間にざわめきが起きたが、村長さんは落ち着いた様子で。
「これは、失礼をいたしました。下界の呼び方を使ってしまい申し訳ありません。では改めまして、我らが山の神、そして聖人様。今晩はゆっくりとこの村で御くつろぎください」
そう言うと恭しく頭を下げたのだ。
ティアは唖然としてしまう。まさかそう返されるとは思わなかったのだ。
そしてフィヌイ様を見れば、キランと目を輝かせている。
このしたり顔は、またなにか企んでいる。そんな予感がしたのだ。




