湿原の花
フィヌイ様に言われ周りを見てみると、ふわっと優しく白い風が通りすぎたのだ。
「・・白い羽 ?」
気がつけば、周りには白い綿毛の絨毯が広がっていた。
さらに白い絨毯の間には、桜色をした小さなスズランのような可憐な花も群生し、
草原だと思った地面は、ふわふわと水を含んだクッションのようで、ところどころには綺麗な池もある。
――ふふふっ驚いた。 頂上は湿原になっていて、今の時期は高山植物の花畑がとても綺麗なんだよ!凄いでしょ・・!
「うん、ほんとだ・・こんなきれいな花畑、初めて見た。そうだね。下界の道ばかり歩いていたらこんな景色、見られなかった・・」
湿原か―― 本で読んだり聞いたりしたことはあったけど、見たのは初めて。
足元は水を含んだ草の上を歩いているような感覚で、ふわふわのクッションを歩いているみたい。
さらに澄んだ池も点在しており、そこには浮島と呼ばれる小さな草地が浮いていて、とても不思議な光景。
まるで、天国にあるお花畑のようだ。
そして、ほっと安心するとお腹が空いてくるもので、
「フィヌイ様、ここでお昼ご飯にしましょう」
――うん、そうだね。
湿原の上に直接座ると、水で服がびしょびしょにならないか心配だったが、手で草地を押してみると弾力はあるがそのまま座っても大丈夫そうだ。
ティアは腰を下ろすと、水筒の水をがぶがぶと飲み。
やっと、生きた心地になる。さっきまで、命を懸けた山登りで必死だったし。
ふとフィヌイ様を見ると、いつの間にか子狼の姿になり、うるうるとした目でじーとこちらを見つめている。
・・やっぱりお昼ご飯、フィヌイ様も食べるんだ・・
水に関しては、切り立った岩山の上に積もる雪を口に含んでいたのでなんの心配もなかったが、食事は別なんだとティアはあらためて思い、
「あまり、大したもの持っていないので、朝みたいに我儘はだめですよ」
――そんなこと言わないよ。・・それに、運動したあとの食事は美味しいんだよ。
「はい、はい」
適当に相槌を打ちつつ、袋から白パンを取りだし、それを半分に割ると片方をフィヌイ様に渡したのだ。
――これだけなの・・
「ちゃんと、保存食の小魚もつけますよ」
――セシルに貰った、焼き菓子がまだ残っているよね。それが食べたい!
「また、そんなこと言って・・我儘言わないっていったのに・・まったくフィヌイ様ったら・・」
ぶつぶつ言いながらもティアは、クッキーを一枚取り半分に割るとフィヌイの前に置いたのだ。
――え~ 半分だけなの・・
「このココナッツ入りのクッキー、これしかないので仲良く半分にしましょう。残りは、山を下りたとき楽しみながら少しずつ食べればいいじゃないですか」
――もっと食べたいよ・・
「だめですよ。大切に食べてください」
そんなこんなで、食べ物に関するどうでもいい言い争いは、しばらく続いたのだ。
風が吹くと、綿毛のような植物が一斉に舞い上がり種を遠くへ飛ばしていく風景はとても幻想的で、
ふと、ティアは思い出したかのようにフィヌイに尋ねる。
「そういえばフィヌイ様。山を降りる道はどうなっているんですか。また、登りのときみたいな崖じゃないですよね」
――心配ないよ。反対側は森林地帯の下り坂をひたすら降りるだけだから。
「それなら、大丈夫そうですね」
――そのかわり、くだりは登りの三倍の距離があるからね。走って降りれば問題はないよ!
「さ、三倍・・日没までに近くの村に入るの不可能じゃないですか。こんなに疲れているのに、私の体力じゃ無理ですよ~」
――え~ 仕方ないな。それじゃ、また右の手のひらをだして。
言われた通りに右手をだすと、フィヌイは前足の片方を手のひらに重ね。
これは、いつぞやのワンちゃんのお手だ! とティアは一人で感動したのだ。
正確には、フィヌイはそこから神力をティアの中に注いでいるだけで、
ぶつぶつと呪文のような言葉を呟くと、フィヌイの輪郭がほんのりと輝き、ティアもその光に包まれていく。
――どう、これで疲れはとれて回復したでしょ。
あぁ、もう少しだけ肉球をさわっていたかったのにと彼女は残念な気分になり、
――ティア?
「な、なんでもありません。確かに、疲れが取れたみたいです」
――それじゃ僕は今度はカバンの中に入るから、走って山を降りてみようか。行きよりも楽だから何とかなるよ。ちなみに急がないと日が暮れるから頑張ってね!
フィヌイは肩掛けカバンに入ると、すぐにちょこんと顔をだし、
また、無茶をいってくる神様に半ば諦めながらも、ティアは小走りで美しい湿原の花畑を後にしたのだ。




