薬草を見ながら
早朝の空気はひんやりとして冷たいが、気分をすっきりさせてくれる。
夜が明けて、宿の二階から外の景色を見たとき、あまりの美しさにティアは感動したのだ。
「すごい!遠くの山並みまで、こんなにはっきりと見えるんだ。きれい・・。やっぱり旅に出て良かった」
――ティアって、朝から元気だね・・
眠たそうな目をしながら子狼姿のフィヌイは、丸まって寝ていた毛布からごそごそと起きてきたのだ。
「だって、王都リオンにいるときは石造りの大きな建物が多くて、遠くの景色まで見えなかったんですよ」
――うんうん、そうだったね・・
フィヌイ様、これは適当に合わせているなとティアは心の中で思い、
見ればフィヌイ様の目、完全に棒線になっている。まだ、半分うつらうつらと眠っている状態だ。
神様って朝型のイメージがあったけど、フィヌイ様の場合、朝は苦手なんだな。
そして完全にフィヌイ様の目が開いたのは、宿屋を出て村の出口にさしかかった頃だった。
肩掛けカバンの中からひょっこり顔をだすと、大きなあくびをし目をぱちぱちさせる。
――おはよう、ティア。誰かが運んでくれるとすごく便利だね!
「ええ・・まあ・・そうですね」
ティアは、なんとも言えない返事をするしかなかった。
まさか、神様を置き去りにしたまま出発もできない。何度か起こしたが起きそうになかったので、仕方なくカバンの中に入れ宿を立つことにしたのだ。
――そういえば、朝ごはん食べそこなっちゃたね。
「いえ、食べてましたよ・・。半分寝ながらですが、その後また熟睡してました」
――ちなみに、食べたのって何だったの?
「私は、薬草スープと白パン。フィヌイ様はミルクと黒糖パンです。でもフィヌイ様、パンにはバターを付けてくれないと食べないとか言いだしたんですよ。
おかげで、宿の女将さんから変な目で見られちゃいましたよ。あの動物、人間より良い物食べて、ずいぶんと甘やかしているだねえ~って無言の視線が痛かったんですから」
――え~ 心が狭い――! でも、神様だって言っちゃえば良かったのに。
「言えるわけないじゃないですか・・ 今度は、私が変な奴だと思われるんですよ」
――人間って大変だね。ところで、ここはどこなの? 似たような草が植えられた畑が広がっているみたいだけど。
フィヌイは肩掛けカバンから顔を出した状態で、周りをきょろきょろと見回したのだ。
「ここは村の出口付近です。周りに植えられているのはアイという薬草です。この村は、薬草の栽培が主な産業なんですよ」
――昨日、僕の前足に付けた青い染料もその薬草から作られたんだね。匂いが同じだもの。
「はい。アイの葉から作られる染料や染めた布は、殺菌作用にも優れ、葉は他にも解毒薬として用いられます。薬草で治療を行う旅の修道女としては、薬草を現地で安く仕入れ利用することも考えなくてはいけませんから。もちろん、表向きの話ですが」
――でも、でも・・本当はティアは聖女なのに・・
ぶつぶつと言いながらフィヌイ様はちょっと膨れているようだったが、
「そんなことより、フィヌイ様。次の目的地はどうするんですか?このまま東の街道を道なりに歩いていますが」
――そうか、詳しくはまだ言ってなかったね。次の目的地は、山の向こうにある商業都市ディルだよ!
そう言うとフィヌイ様の青い瞳は、はるか彼方にある山並みの向こうを見つめていたのだ。




