ティアの食べ過ぎ ~後編~
アルスはふと遠い目になると、本当に深いため息を吐く。
「まったく母さんたら…。俺はいいとして毎度のこととはいえ父さんの苦労も考えてあげないと、帰ってくるたびにこの騒ぎじゃさすがに可哀そうだよ」
「うっ! アルそれを言われると…すみません。お父さんにも…迷惑をかけて悪かったと思っています」
ティアは息子のアルスを、いつもの愛称で呼ぶと布団中で気まずそうに視線を彷徨わせる。
――そこがティアの面白いところなんだけど、相変わらずだよね~。これじゃどっちが親で子供かわかんないよ~。
「まったくだ! お前と言う奴は、俺が帰るたびに毎回毎回騒ぎを起しやがって…」
声と共に、玄関の戸が開くとラースが家の中へと入ってきたのだ。そのまま、ティアが寝ている布団の横にどかっと座ると、布団を挟んで正面のアルに問いかける。
「それで、どうなんだ母さんの具合は…」
「完全な食べ過ぎだね。丸一日ぐらい薬湯を飲んで何も食べず安静にしていればそのうち治るよ」
「そんな―! なにも食べれないなんて~! やっぱり、フィヌイ様の治癒の力でぱぱっと治してくださいよ~」
――ええ!! ただの食べ過ぎでしょ。ダメだよ。そんなことに使っちゃ…。
そう言いながら子狼姿のフィヌイ様は、ちらりとアルの様子を伺う。アルはいつもの穏やかで静かな表情だが、その目はフィヌイ様に、母さんを甘やかすんじゃない! と語っていたのだ。
その瞬間、ティアは難易度が高くなったと直感する。フィヌイ様はアルには弱いのだ。ここは奥の手を使ってでもフィヌイ様を動かさないと、この食べ過ぎを治せない! そう考えると私は完璧な作戦を練り、切り札となる言葉を発したのだ。
「フィヌイ様。このままでは、今日の手作りお菓子が作れません。新作の美味しいおやつを作ろうと思ったんですが、仕方ないですね…」
その途端フィヌイ様の耳がぴんと立ち、目をウルウルさせる。
――ティアの手作りおやつが食べれないなんて大変だ!! わかったよ! すぐに治癒の奇跡を使って食べ過ぎを治してあげるからね!
そう言うとフィヌイは、てくてくとティアの傍に近づこうとしたがなぜか突然、地面が遠くなることに気づいたのだ。
――あれ? ティアの傍に行けない…。
気がつけば誰かに持ち上げられ、空中を泳ぐように前足と後ろ足を思いっきりバタつかせていた。
そして、くるっと回転したと同時に抱きかかえられ、目の前にアルの顔があったのだ。
「フィヌイ…。 母さんを甘やかしたら、ダメじゃないか。これだとまったく反省しないだろ」
――でも、アル。クスン…。今日のおやつがなしになっちゃうよ。凄く楽しみにしていたのに。
フィヌイ様はウルウルと瞳を潤ませアルに訴えていた。
アルは大きくため息を吐き、ふと表情を和らげる。
「わかった。仕方がない…フィヌイの好きな蜂蜜を使った、ふわふわの蜂蜜トーストを作ってやるから今回はそれで我慢してくれないか?」
――ほんとに? ヤッター! それじゃ、バターもたっぷりつけてね!
途端にフィヌイ様はご機嫌になり、私の完璧な作戦はもろくも崩れ去ったのだ。
私が食べ過ぎで寝ているすぐ近くで、フィヌイ様は今日のおやつを美味しそうに食べていた。
蜂蜜とバターがたっぷりしみ込んだ、金色でふわふわの白パンのこんがりトースト。
子狼の姿でも食べやすいように、一口サイズに切るとアルが直接フィヌイ様に食べさせているのだ。
――あ~ん。うん!! 蜂蜜とバターがたっぷりしみ込んでこの白パン、凄く美味しいね!
「どうやら…機嫌は直ったみたいだな」
――うん! アルありがとう!
フィヌイ様は真っ白な尻尾をご機嫌に振っていた。
ラースはこの光景を見て微妙な表情を浮かべる。
息子のアルは常識もありかなりまともな性格だが、フィヌイに対しては母親のティアと同じでとことん甘いのだ。それが親としては非常に心配になるのだ。




