フィヌイのお宅訪問(9)
「ねえ! 今どのくらいまで登ってきているの――!」
私は息を吸い込むと何も見えない穴に向かいまた大声で呼びかけたのだ。すると、程なくラースの声が木霊のように返ってくる。
「だいぶ登ったが……地上までの距離はそこら辺の山ひとつ分ぐらいか? しかしこのペースじゃ、日没まで登り続けねえと地上には出れねえぞ――!」
う~ん。こいつは地上にいる私たちの姿がやっぱり見えているみたい……。 こいつは元王家の密偵。現役は引退しているとはいえ、身体能力だけじゃなく視力もかなり良いみたいだ。
私は考えた末、ゆっくりと両手を大地にかざす。フィヌイ様にはおそらく気づかれるだろうが……神力を解除することにしたのだ。
まず地面を、地割れのない元の地表に戻るようイメージする。
本当は、左右の地割れをくっつけて元に戻す方が簡単なんだけど、それだとラースがぺっしゃんこになり大地の養分となってしまうので、これは却下する。
ラースにとって安全な方法は…地の底から少しずつ元の地面に戻す方法を取るしかない。
大地に意識を集中して、私の魔力を流し地属性魔法を慎重に使っていく。
そして――気がついた時にはあいつは、やっと平らになった地面に腰を下ろし、大きく肩で深呼吸をしていた。
「助かったぜ……危うく日没まで崖を登り続けるとこだった…」
心底ほっとしたようにあいつは私にお礼を言ったのだ。だがそのラースの姿が、ふと過去の自分と重なる。
そう、フィヌイ様の無茶苦茶な修業をこなしていた過去の自分の姿と…
「フフフフフッ…」
乾いた笑い声が思わず漏れてしまう。私はなんとなく遠い目をして空を見つめていた。フィヌイ様って慈悲深くって優しい神様なんだけど、なんか相変わらずなんだな~と思ってしまったのだ。