フィヌイのお宅訪問(3)
フィヌイが前足でとんっと足踏みをしたと同時に、地面がぐらぐらと揺れ始める。
どうせまた…ろくでもないことを考えているであろうフィヌイに対しラースが身構えたその時――
突然、彼が立っている地面だけに亀裂が走り、大地が左右に裂けたのだ。
「…!」
そこに立っていたラースは、彼にしては珍しく対処もできぬまま地面の亀裂に真っ逆さまに落ちていく。
普通の人間ならばなすすべもなく、底の見えない地の底に落ちていくところだが…これでも彼は元王家の密偵。現役を退いても身体能力は非常に高く、とっさに崖の突起に片手をかけると、ぶら下がるような形でこれ以上の落下を食い止めたのだ。
つまり今の現象は…簡単に言ってしまえば、フィヌイが大地を裂きラースをちょっとした落とし穴に落としたというところか。
――ふっふふふ。とっさに岩の突起に手をひっかけこれ以上の落下を食い止めるとは、さすがは王家の元密偵。そして聖女であるティアの護衛を務めただけのことはあるよね。
地上ではフィヌイが地面の裂け目まで、てくてくと近づきひょっこりと下を覗いていた。ラースからは、始めは逆光で犬のシルエットが見えただけだったが、次第に表情がはっきりと見えてくる。
「この野郎! やりやがったな!! 今すぐ俺を地上に戻せ! この犬っころ―!!」
――ええ~ や~だよ~!
そう言うとフィヌイはまた、ぷいっとそっぽを向いたのだ。
――僕はこれからアルと遊ぶ約束をしているからとても忙しいんだ。それに、僕が遊びに行くのを妨害するお邪魔虫はしばらくここでおとなしくしてもらわないとね。
「ふざけやがって! これがこの国の主神のすることかよ!!」
――今の僕は可愛い子犬だよ。何言っているのかよくわかんな~い。あ、そうだ! そんなに地上に戻りたいならこのもふもふの尻尾につかまるといいよ。とか言いながら全然長さが足りないね~。ごめんね~。
そう言いながら、白くふさふさな尻尾をふりふりしている。
「どこまでも人をおちょくりやがって!!」
――まあ、ラースもここ最近、身体が鈍っていることだし、たまには修業も必要かもよ。大丈夫! ラースの身体能力があれば、夕方までには地上に出られるよ! それじゃ、頑張ってね~。
そう言いながらフィヌイは身を翻すと、村に向かい楽しそうに走っていったのだ。
ラースは地面の裂け目の中から、フィヌイに対しありったけの恨み言を叫んだが、それも虚しく風に溶けて消えていく。
彼はフィヌイを止めるべく、愚痴を言いながらも地面の裂け目の中から遥か上に見える光を手掛かりに、地上を目指し崖登りを始めたのだ。